急性胃炎の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢
急性胃炎とは、どんな病気でしょうか?
おもな症状と経過
急性胃炎は、急に胃粘膜に炎症がおこる病気です。胃の粘膜は胃酸や消化酵素から胃壁を守るための防御機能を備えていますが、なんらかの原因でこの胃粘膜のはたらきが弱まったり、胃酸の攻撃力が強まったりした場合に急性胃炎を発症します。
急性胃炎の症状は、みぞおちの痛み、腹部の張り、吐き気・嘔吐などで、突発性におこります。症状は急激ですが、ほとんどは短時間でおさまります。ただし、重症の場合は、胃粘膜からの出血で吐血や下血がみられることもあります。
内視鏡検査を行うと、胃粘膜が腫れあがり、発赤、びらん(ただれ)、重症例では潰瘍や出血などを認めます。
病気の原因や症状がおこってくるしくみ
胃酸は消化を助けるために必要ですが、分泌量が多すぎると自分の胃の粘膜そのものを傷つけ、痛めてしまいます。また、胃粘膜には、胃酸から自分の胃を守るために、独自の防御機能が備わっています。通常はこのバランスが保たれ、自分の胃が消化されてしまうようなことはおきないのですが、さまざまな原因でこのバランスが崩れてしまうことで急性胃炎をおこします。おもな原因としては、薬剤と過度のストレスが指摘されています。たとえば、外科手術、頭部外傷、熱傷、徹夜作業、昼夜交替勤務などが、極端な身体的および精神的ストレスとなり得ます。
原因となる薬剤は非ステロイド抗炎症薬がもっとも多く、そのほかに低用量アスピリン(バファリン)、抗がん薬、経口血糖降下薬、抗菌薬などが原因となることもあります。
それ以外の原因としては、食品(アルコールや刺激物など)や腐食性化学物質(酸およびアルカリ製剤、農薬)、寄生虫(アニサキス)、細菌感染(ヘリコバクター・ピロリ)なども原因となることがあります。
病気の特徴
重症例以外のほとんどの急性胃炎は治療によく反応し、発症の原因を取り除くことですみやかにおさまり慢性化することはありません。
治療法とケアの科学的根拠を比べる
治療とケア | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
病気の原因を取り除く | ★2 | 急性胃炎はさまざまな原因でおこるため、予防と治療のためには原因となるストレス、薬剤やアルコール、感染症などを取り除くことが重要です。こうしたことは専門家の意見や経験から支持されています。 | |
暴飲暴食をやめる | ★2 | 食べすぎが急性胃炎の原因であるといった臨床研究報告は見あたりませんが、サバやイカの生食などが原因で、アニサキスという寄生虫に感染し、急性胃炎を発症することがあります。またアルコールの飲みすぎは胃粘膜を痛め、炎症をおこす原因となり得ます。 | |
症状があるときには禁酒、禁煙する | ★2 | 急性胃炎の治療として禁煙が有効かどうかについての臨床研究は見あたりません。しかし、喫煙は胃潰瘍の危険因子であるため、症状の有無にかかわらず胃潰瘍のある場合には禁煙をするのが望ましいでしょう。アルコールは胃炎の原因となるため、症状がある場合には禁酒するべきでしょう。これらのことは、専門家の意見と経験から支持されています。 | |
薬物治療を行う | ★2 | 胃酸を抑える胃酸分泌抑制薬や、粘膜を保護する胃粘膜防御因子増強薬が、急性胃炎の治療薬として効果があるかどうかについて、信頼性の高い臨床研究は見あたりませんが、専門家の意見や経験から支持されており、広く行われています。 | |
吐血には内視鏡による治療を行う | ★2 | ほとんどの急性胃炎は病変が胃の粘膜の浅い部分にとどまっていて、出血も粘膜の表層部でのみおこります。表層部の出血の場合、内視鏡検査が治療に有効かどうかは明確ではありませんが、吐血や下血を伴うような重症例の場合は内視鏡による止血治療が行われます。 | |
消化管出血があれば絶食する | ★2 | 消化管出血が止まったあとすぐに食事を開始した場合と絶食を続けた場合では、その後の経過に差がないことを示す臨床研究があります。ただし、吐き気や腹痛などの症状のため食欲を欠くことが多く、通常は絶食することになります。 根拠(1) | |
ヘリコバクター・ピロリ感染症であれば除菌療法を行う | ★2 | 急性胃炎は通常、原因を取り除くことにより自然に改善しますが、ヘリコバクター・ピロリが胃粘膜に感染している場合には、除菌することで早く改善することが非常に信頼性の高い臨床研究によって明らかになっています。しかし、潰瘍を形成しない急性胃炎での除菌療法に対して健康保険は認められていません。 根拠(2) | |
ほかの病気との鑑別のために超音波検査を行う | ★2 | 症状や診察所見から、急性膵炎、急性胆のう炎、総胆管結石などの病気が疑われる場合では、超音波検査が行われます。急性胃炎の診断そのものには超音波検査は必要とされません。これらは、臨床研究は見あたりませんが、専門家の意見や経験から支持されています。 |
よく使われる薬の科学的根拠を比べる
消化管出血があり、食事ができない場合
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
H2受容体拮抗薬(注射剤) | ガスター(ファモチジン) | ★2 | いずれの薬も専門家の意見や経験から支持されていますが、胃潰瘍や逆流性食道炎でなければ健康保険で認められておりません。 |
ザンタック(ラニチジン塩酸塩) | ★2 | ||
プロトンポンプ阻害薬(注射剤) | オメプラール/オメプラゾン(オメプラゾール) | ★2 | |
タケプロン(ランソプラゾール) | ★2 |
消化管出血がなく薬を服用できる場合
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
H2受容体拮抗薬 | ガスター(ファモチジン) | ★2 | 急性胃炎は通常、原因を取り除くことで改善します。潰瘍がない場合に、これらの薬剤で治りが早くなるかどうか、はっきりとしていません。胃酸の過度の分泌が急性胃炎の原因のひとつであることから、胃酸を抑える薬や胃粘膜を保護する薬が経験的に用いられます。 |
ザンタック(ラニチジン塩酸塩) | ★2 | ||
アシノン(ニザチジン) | ★2 | ||
プロトンポンプ阻害薬 | オメプラール/オメプラゾン(オメプラゾール) | ★2 | |
タケプロン(ランソプラゾール) | ★2 | ||
パリエット(ラペプラゾールナトリウム) | ★2 | ||
ネキシウム(エソメプラゾールマグネシウム水和物) | ★2 | ||
粘膜保護因子増強薬 | ムコスタ(レバミピド) | ★2 | |
セルベックス(テプレノン) | ★2 | ||
アルサルミン(スクラルファート) | ★2 |
吐き気、嘔吐が強い場合
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
ガスモチン(モサプリドクエン酸塩水和物) | ★2 | いずれの薬も症状が強い場合に、専門家の意見や経験から用いられることがあります。 | |
ナウゼリン(ドンペリドン) | ★2 |
痛みが強い場合
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
ブスコパン/ブチルパン(臭化ブチルスコポラミン) | ★2 | いずれの薬も痛みが強い場合の有効性を示す臨床研究は見あたりませんが、専門家の意見や経験から支持されています。 | |
ストロカイン(オキセサゼイン) | ★2 |
ヘリコバクター・ピロリ感染の場合
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
次の3剤で除菌療法を行う | タケプロン(ランソプラゾール)(または前記のプロトンポンプ阻害剤)+サワシリン/パセトシン(アモキシシリン水和物)+クラリシッド/クラリス(クラリスロマイシン) | ★2 | ヘリコバクター・ピロリの除菌については、プロトンポンプ阻害剤、アモキシシリン水和物、クラリスロマイシンによる治療が有効であることが臨床研究で明らかになっていますが、急性胃炎については健康保険で認められていません。急性胃炎で除菌を行う場合もありますが、適応については主治医とよく相談してください。 根拠(3)(4) |
総合的に見て現在もっとも確かな治療法
胃粘膜が炎症をおこす原因を取り除く
胃炎は胃酸の分泌と胃壁の防御機能のバランスが崩れることで発症する病気です。バランスを崩す原因にはさまざまなものがあります。したがって、原因を特定できれば、それらを取り除くための対応をすることになります。
おもな原因は、外科手術、頭部外傷、熱傷、徹夜作業、昼夜交替勤務などの極端な身体的および精神的ストレス、あるいは非ステロイド抗炎症薬、抗がん薬、経口血糖降下薬、抗菌薬などの薬物などがあげられます。
それ以外にも、食品(アルコールや刺激物など)や、腐食性化学物質(酸およびアルカリ製剤、農薬)、寄生虫(アニサキス)、細菌(ヘリコバクター・ピロリ)などの感染も原因となることがあります。
症状にあわせて薬を用い、激しい炎症では一時的に絶食を
急性胃炎には、H2受容体拮抗薬などの胃酸分泌抑制薬と胃粘膜保護薬、吐き気が強ければ制吐薬が用いられます。症状にあわせた薬を服用するとともに、暴飲暴食をやめて禁酒、禁煙に努めることも重要です。
炎症が強く、胃粘膜がただれ、びらん状になって出血を伴うときには、一時的に絶食とします。吐血、下血といった激しい出血に対しては内視鏡を用いて出血を止める止血術が行われます。
急性胃炎の場合、ピロリ菌の除菌は健康保険適応ではない
急性胃炎は、ヘリコバクター・ピロリやそのほかの細菌、ウイルスやアニサキスなどの寄生虫などによる感染でもおこることがわかっています。
アニサキス寄生虫による急性胃炎は、急激な腹痛がおこりますが,内視鏡を用いて虫体を取り除くことにより速やかに症状は改善します。
ヘリコバクター・ピロリ感染による急性胃炎の場合、ほとんどが半年以内に自然に排菌されるため、通常、除菌治療は行われません。
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根拠(参考文献)
- (1) Laine L, Cohen H, Brodhead J, et al. Prospective evaluation of immediate versus delayed refeeding and prognostic value of endoscopy in patients with upper gastrointestinal hemorrhage. Gastroenterology. 1992;102:314-316.
- (2) Nomura H, Miyake K, Kashiwagi S, et al. A short-term eradication therapy for Helicobacter pylori acute gastritis. J Gastroenterol Hepatol. 2000;15:1377-1381.
- (3) Lamouliatte H, Cayla R, Zerbib F, et al. Dual therapy using a double dose of lansoprazole with amoxicillin versus triple therapy using a double dose of lansoprazole, amoxicillin, and clarithromycin to eradicate Helicobacter pylori infection: results of a prospective randomized open study. Am J Gastroenterol. 1998;93:1531-1534.
- 出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行(データ改訂 2016年1月)