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急性膵炎の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

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急性膵炎とは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過

 急性膵炎は膵液に含まれる消化酵素が、膵臓自体を消化してしまうことによって引きおこされる病気です。

 膵臓は胃のうしろにある臓器で、消化酵素を含んだ膵液を十二指腸に分泌し、食物の消化を助けています。

 ふだん膵液中の消化酵素は十二指腸で活性化されるので、膵臓自体を消化してしまうことはありません。なんらかの原因で膵液中の消化酵素が膵臓内で活性化されると、急性膵炎が引きおこされます。

 上腹部の痛みが特徴です。じわじわとした鈍い痛みで始まり、次第に激しい痛みになっていきます。軽症なら痛みは2、3日で消えます。多くは5日以内で痛みがおさまりますが、それ以上痛みが続く場合は重症です。微熱がでますが、38.5度以上の熱がでたり、軽い黄疸がでたりすることもあります。

 重症の場合はショックや意識障害、腎不全を引きおこし、さらに悪化するとDIC(播種性血管内凝固症候群=体中に微小な血栓ができ、その後出血しやすくなる)や多臓器不全、感染症を併発し、最悪の場合、死に至ることもあります。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 胆石症やアルコールの飲みすぎが原因となって引きおこされることがしばしばあります。

 胆汁の通り道である胆道は、末端部分で膵管と合流して1本の管となって十二指腸につながっています。胆石が共通の管の部分にできると、膵液が流れにくくなり、胆汁と混ざって膵臓へと逆流します。この状態になると、膵液に含まれる消化酵素が活性化して、膵臓自身を傷つけてしまいます。

 一方、アルコールを飲みすぎると、濃いアルコールが十二指腸に流れ込みます。すると、膵液を分泌する膵管の出口付近に炎症がおこって、やはり膵液が流れにくくなります。また、アルコールを飲むと膵液の分泌自体も高まります。こうした状態が、発病の引きがねになると考えられています。

 このほか、ウイルス感染、アレルギー、副甲状腺の機能亢進、高脂血症、自己免疫性の病気などが原因となる場合もあります。また、原因がわからない急性膵炎も少なくありません。

病気の特徴

 胆石症による急性膵炎は60歳前後の女性に多く、アルコールによる急性膵炎は40~50歳代の男性に多くみられます。

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治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
腹痛を抑えるために鎮痛薬を用いる ★5 急性膵炎の痛みは激しく持続的なので、患者さんは精神的な不安に陥ります。非麻薬性の鎮痛薬である塩酸ブプレノルフィンは副作用も少なく、すぐれた鎮痛効果を示すことが、非常に信頼性の高い臨床研究によって知られています。 根拠(1)(2)
抗酵素療法を行う 軽症~中等症 ★2 メシル酸ガベキサート、メシル酸ナファモスタット、ウリナスタチンなどのたんぱく分解酵素阻害薬は、膵液に含まれる酵素の活性化を抑制し、膵炎の進行を防止するために開発された薬ですが、いままでに行われた臨床研究の結果、軽症から中等症の膵炎に対する効果は確認されていません。しかし重症例に使用すると、死亡率を低下させる効果はないものの、合併症を減らす可能性があるという結果が得られています。 根拠(3)~(5)
重症 ★5
完全に絶飲・絶食し、適切な輸液と栄養管理を行う ★2 急性膵炎では炎症が原因となって脱水がおこるために、十分な輸液が必要です。発病初期には絶飲・絶食となりますが、その期間は重症度により異なります。絶食中は、輸液で水分補給を行います。絶食が長期にわたる場合は栄養補給が必要になります。これらのことは、専門家の経験や意見から支持されています。
膵液および胃液の分泌を抑制するために、薬剤を用いたり胃液を吸引したりする ★2 H2受容体拮抗薬は、胃酸による膵酵素分泌刺激を抑制するために用いますが、使用しなかった場合と比べて、明らかに効果があるとはいいがたいようです。また、鼻から管を胃のなかに入れて胃液を吸引すると腹痛や吐き気を長引かせるので、軽症例には必要ないと考えられます。ただし重症例や激しい吐き気がある場合には、胃液を吸引したほうがよいこともあります。これらのことは、専門家の経験や意見から支持されています。 根拠(6)(10)
抗菌薬を予防的に用いる 軽症 ★2 軽症の急性膵炎は感染症をほとんど合併しないので、抗菌薬を予防的に用いる必要はありません。一方、重症例では、感染症が発症しやすくなりますのでイミペネム・シラスタチンナトリウムなどの強力な抗菌薬を用いると、合併症を減らし死亡率を低下させることがわかっています。 根拠(7)~(9)
重症 ★5

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

腹痛を鎮めるために

主に使われる薬 評価 評価のポイント
ボルタレンサポ(ジクロフェナクナトリウム) ★2 塩酸ブプレノルフィンは軽症から中等症の急性膵炎に対する痛みを鎮める効果が高く、しかも副作用もほとんどみられないとする非常に信頼性の高い臨床研究があります。そのほかの薬については、副作用がでることもあるので慎重に用いる必要があります。 根拠(1)(2)
レペタン(塩酸ブプレノルフィン) ★5
フェンタネスト(クエン酸フェンタニル) ★2

膵酵素による自己消化を食い止め、多臓器酵素の活性化を防ぐ

主に使われる薬 評価 評価のポイント
エフオーワイ(メシル酸ガベキサート) ★5 メシル酸ガベキサートは重症例に大量に用いると合併症が減るという非常に信頼性の高い臨床研究があります。ただし、それでも死亡率の減少にはつながらないようです。また、ほかの薬については、専門家の意見や経験から用いられています。 根拠(3)~(5)
フサン(メシル酸ナファモスタット) ★2
ミラクリッド(ウリナスタチン) ★2
ニコリンH(シチコリン) ★2

輸液と栄養管理を行う

主に使われる薬 評価 評価のポイント
ラクテックG(乳酸リンゲル液) ★2 軽症例に対して、24時間以内に始める高カロリー輸液が症状を改善するという臨床研究は見あたりません。循環血液量を維持するための輸液は、専門家の経験と意見から一般的に広く行われています。
ヴィーンD(酢酸リンゲル液) ★2
ソリタT3号G(電解質輸液) ★2
アミノトリパ-1号(高カロリー輸液) ★2
ハイカリック-N(高カロリー輸液) ★2
カロネット-L(高カロリー輸液) ★2

膵液の分泌を抑制するために胃液の分泌を抑える

主に使われる薬 評価 評価のポイント
ガスター(ファモチジン) ★2 これらのH2受容体拮抗薬は胃液の分泌を抑える薬です。胃液が膵臓の近くまで流れてくると炎症を悪化させるという考えから、急性膵炎では一般的に用いられています。ただし、これまで発表された臨床研究をまとめた論文によると、明らかに効果があるとはいいがたいとしています。 根拠(10)
ザンタック(塩酸ラニチジン) ★2
タガメット(シメチジン) ★2

抗菌薬を予防的に用いる

主に使われる薬 評価 評価のポイント
ビクシリン(アンピシリン) ★2 イミペネム・シラスタチンナトリウムは、非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。アンピシリンの効果については、専門家の経験と意見から使用されています。なお抗菌薬を予防的に用いることは、重症の場合は感染症を防ぐために必要ですが、軽症の場合は必要ありません。 根拠(7)~(9)
チエナム(イミペネム:シラスタチンナトリウム=1:1)(重症例のみ) ★5

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

消化酵素が膵臓を自己消化してしまう

 急性膵炎は膵液に含まれる消化酵素が、膵臓自体を消化してしまうことによって引きおこされる病気です。ふだん膵液中の消化酵素は十二指腸で活性化されるので、膵臓自体を消化してしまうことはありません。なんらかの原因で膵液中の消化酵素が膵臓内で活性化されると、急性膵炎が引きおこされます。

胆石症、アルコール好きは要注意

 急性膵炎は重症になると、意識障害を引きおこし、最悪の場合は死に至る危険もあります。

 したがって、この病気が疑われるときは、早めに医師の診察を受けることが大切です。とくに、胆石のある人やアルコールをよく飲む人は、この病気に注意しなければなりません。

輸液と非麻薬性鎮痛薬を使う

 現在のところ、点滴で十分な輸液をしながら、強い痛みは非麻薬性鎮痛薬のレペタン(塩酸ブプレノルフィン)を用いて抑え、さらに重症な場合には胃に管を挿入して胃液を吸引し、広域抗菌薬チエナム(イミペネム・シラスタチンナトリウム)を静脈注射するのが妥当な治療と考えられます。

H2受容体拮抗薬の効果は疑問

 これまで、胃液が膵臓の近くまで流れると炎症を悪化させるとの考えから、胃液の分泌を抑えるH2受容体拮抗薬〔ガスター(ファモチジン)など〕が多くのケースで用いられてきましたが、これまでの文献をまとめると、明らかに効果があるとはいいがたく、患者さんに利益をもたらさない可能性の高いことが報告されています(10)。

治療は今後見直しの可能性あり

 このように、急性膵炎の治療については、根拠に基づいた診療ガイドラインを作成する過程で、多くの点について疑問が投げかけられていますので、現在当然と考えられる治療が今後また変わってくる可能性が十分あります。

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根拠(参考文献)

  • (1) Jakobs R, Adamek MU, von Bubnoff AC, et al. Buprenorphine or procaine for pain relief in acute pancreatitis. A prospective randomized study. Scand J Gastroenterol. 2000;35:1319-1323.
  • (2) Blamey SL, Finlay IG, Carter DC, et al. Analgesia in acute pancreatitis: comparison of buprenorphine and pethidine. Br Med J (Clin Res Ed). 1984;288:1494-1495.
  • (3) Dervenis C, Johnson CD, Bassi C, et al. Diagnosis, objective assessment of severity, and management of acute pancreatitis. Santorini consensus conference. Int J Pancreatol. 1999;25:195-210.
  • (4) Messori A, Rampazzo R, Scroccaro G, et al. Effectiveness of gabexate mesilate in acute pancreatitis. A metaanalysis. Dig Dis Sci. 1995;40:734-738.
  • (5) Andriulli A, Leandro G, Clemente R, et al. Meta-analysis of somatostatin, octreotide and gabexate mesilate in the therapy of acute pancreatitis. Aliment Pharmacol Ther. 1998;12:237-245.
  • (6) Loiudice TA, Lang J, Mehta H, et al. Treatment of acute alcoholic pancreatitis: the roles of cimetidine and nasogastric suction. Am J Gastroenterol. 1984;79:553-558.
  • (7) Golub R, Siddiqi F, Pohl D. Role of antibiotics in acute pancreatitis: A meta-analysis. J Gastrointest Surg. 1998;2:496-503.
  • (8) Powell JJ, Miles R, Siriwardena AK. Antibiotic prophylaxis in the initial management of severe acute pancreatitis. Br J Surg. 1998;85:582-587.
  • (9) Pederzoli P, Bassi C, Vesentini S, et al. A randomized multicenter clinical trial of antibiotic prophylaxis of septic complications in acute necrotizing pancreatitis with imipenem. : Surg Gynecol Obstet. 1993;176:480-483.
  • (10) Morimoto T, Noguchi Y, Sakai T, et al. Acute pancreatitis and the role of histamine-2 receptor antagonists: a meta-analysis of randomized controlled trials of cimetidine. Eur J Gastroenterol Hepatol. 2002;14:679-686.
出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行