インフルエンザの治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢
インフルエンザとは、どんな病気でしょうか?
おもな症状と経過
インフルエンザウイルスの感染によっておこる病気で、普通のかぜ症候群に比べ、急激に強い症状が現れるものです。多くは寒気で始まり、高熱がでて、のどの痛み、せき、鼻水、くしゃみ、頭痛、筋肉痛、関節痛、腹痛、下痢などがおもな症状となります。症状は3、4日間続き、熱が下がり始めると、徐々に全身症状もおさまってきます。
通常は経過は良好なのですが、肺や気管支を中心にほかの臓器で細菌感染が発生し、炎症がおきる二次感染には注意が必要です。とくに、お年寄りや乳幼児、心臓病や糖尿病のある人では深刻な合併症であるインフルエンザ脳症、心筋炎、心外膜炎、筋炎などがおこって、死亡に至る場合や重い後遺症が残る患者さんもいます。
ワクチンの接種は有効な予防法ですが、インフルエンザウイルスのタイプは毎年変異するので、ワクチンはその年ごとに接種する必要があります。
以前はかぜ症候群との判別が確実ではありませんでしたが、現在ではすぐに判別できるキットが普及し、正確な診断が可能になりました。
病気の原因や症状がおこってくるしくみ
インフルエンザの原因となるウイルスはA型、B型、C型に大別されますが、深刻で大きな流行を引きおこすのはA型で、その年によって流行するウイルスは違います。インフルエンザウイルスは、急性期の患者さんのせきやくしゃみによって、空気中に浮遊するエアロゾル(直径10ミクロン未満)を介してほかの人の呼吸器系の細胞に感染します。感染後24時間潜伏し、増殖していきます。鼻やのどの円柱上皮細胞、肺内の肺胞細胞、粘液腺細胞やマクロファージなどのなかで、ウイルスが複製・放出され、周囲の細胞に感染します。全身症状は、感染細胞に対して体を防御する目的でつくられる腫瘍壊死因子や、インターフェロン6などのサイトカインによっておこると考えられています。
病気の特徴
世界中で流行がみられ、集団発生するのが大きな特徴であり、わが国での流行は一般的に冬から春先にかけておこっています。
治療法とケアの科学的根拠を比べる
治療とケア | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
発病後2日以内であれば、抗ウイルス薬を用いる | ★5 | A型あるいはB型のインフルエンザに対して、ザナミビル水和物もしくはリン酸オセルタミビルを発病後早期(2日以内)に用いれば、インフルエンザの症状を約1~3日短縮する効果があることが非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。しかし、合併症を抑えるかどうかは不確かです。 以前、A型のインフルエンザに使用されていた塩酸アマンタジンもしくはリマンタジン(日本では未発売)は、現在耐性株の出現により特別な場合を除いては推奨されなくなりました。 根拠(1)~(27)(2) | |
ワクチンによって予防する | ★5 | 60歳以上のお年寄りに対するワクチンの効果は、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(28)~(30) | |
薬によって各種の症状を抑える | ★2 | 各種の症状を緩和するために薬が用いられます。頭痛、筋肉痛、発熱に対しては、非ステロイド抗炎症薬でなく、アセトアミノフェンの使用を勧めています。とくに子どものインフルエンザに対して、非ステロイド抗炎症薬のメフェナム酸、ジクロフェナクナトリウムおよびサリチル酸系の薬(アスピリンなど)は、解熱目的での使用を原則としてしないことになっています。 | |
二次感染が確認されたら、抗菌薬を用いる | ★2 | インフルエンザウイルス感染による合併症としておこる細菌性肺炎、</◎132>急性中耳炎</◎132>、急性副鼻腔炎など、細菌による感染症が明らかな場合には、抗菌薬の使用が理にかなっています。 | |
消化のよい食べ物で栄養をとる | ★2 | 病気のおこってくるしくみや、専門家の意見や経験から支持されています。また、マスクをすることで予防が可能になる可能性があると考えられます。 | |
水分を十分にとる | ★2 | ||
空気が乾燥している場合は加湿する | ★2 | ||
外から帰ったらうがい、手洗いをする | ★2 | ||
人混みへの外出を避ける | ★2 | ||
熱のある場合、入浴は控える | ★2 | 病気のおこってくるしくみや、専門家の意見や経験から支持されています。 | |
熱がある場合は、布団を薄めにして、熱を逃がすようにする | ★2 |
よく使われる薬の科学的根拠を比べる
抗インフルエンザウイルス薬
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
リレンザ(ザナミビル水和物) | ★5 | ザナミビル水和物もしくはリン酸オセルタミビルは、A型およびB型のインフルエンザに対して、発病後早期に用いると、症状を約1−3日短縮する効果が非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。合併症を抑えるかどうかは不確かです。 以前A型インフルエンザに使用されていた塩酸アマンタジンもしくはリマンタジン(日本では未発売)は現在耐性株の出現により特別な場合を除いては推奨されなくなりました。(2) 根拠(1)~(27) | |
タミフル(リン酸オセルタミビル) | ★5 |
熱がある場合
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
ピリナジン(アセトアミノフェン) | ★5 | 非ステロイド抗炎症薬、アスピリン、アセトアミノフェンをかぜもしくはインフルエンザ症状の患者さんに使用したとき、アスピリンの副作用が大きいという非常に信頼性の高い臨床研究があります。非ステロイド抗炎症薬を使うと消化性潰瘍や腎障害の副作用が心配されるので、より安全なアセトアミノフェンの使用が勧められます。 根拠(31)~(32) |
くしゃみ、鼻水、鼻づまりが強いとき
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
非ピリン系感冒薬 | PL顆粒 | ★2 | いずれの薬も専門家の意見や経験から支持されています。 |
抗ヒスタミン薬 | レスタミン(ジフェンヒドラミン) | ★2 | |
タベジール(フマル酸クレマスチン) | ★2 |
せきが激しいとき(鎮咳薬、抗炎症薬)
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
メジコン(臭化水素酸デキストロメトルファン) | ★5 | いずれの薬も専門家の意見や経験から支持されています。 | |
リン酸コデイン(リン酸コデイン) | ★2 | ||
ブルフェン(イブプロフェン) | ★2 | ||
ノイチーム/レフトーゼ(塩化リゾチーム) | ★2 |
ねっとりした痰がでるとき(抗炎症薬、去痰薬、抗菌薬)
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
ダーゼン(セラペプターゼ) | ★2 | いずれの薬も専門家の意見や経験から支持されています。 | |
ムコソルバン(塩酸アンブロキソール) | ★2 | ||
クラリス/クラリシッド(クラリスロマイシン) | ★2 |
総合的に見て現在もっとも確かな治療法
急激な症状をやわらげる
インフルエンザウイルスの感染によっておこる病気で、いわゆるふつうのかぜに比べて急激に強い症状が現れるという特徴があります。現在効果が確かめられている治療は、こうした強い症状に悩まされる期間を短くする抗インフルエンザウイルス薬を使ったものです。
発病後早期に薬による治療を受ければ、症状の続く期間が1日短縮
リレンザ(ザナミビル水和物)およびタミフル(リン酸オセルタミビル)は、A型およびB型のインフルエンザに対して、発病後早期に用いれば、インフルエンザのつらい症状が続く期間を約1~3日短縮する効果が確認されています。したがって、発病後早期のインフルエンザと考えられる患者さんでは、特別な理由がなければ、いずれかの薬が使われます。とくに65歳以上の高齢者、妊娠中の女性や出産後2週間までの女性、基礎疾患があって重症化しやすい場合などは積極的に薬を使用することが勧められています。
以前A型インフルエンザに使用されていた塩酸アマンタジンもしくはリマンタジン(日本では未発売)は現在耐性株の出現により特別な場合を除いては推奨されなくなりました。根拠(2)
高熱、筋肉痛には対症療法
つらい症状である高熱や筋肉痛などへの対症療法、とくに解熱鎮痛薬の使用も副作用に留意するなら十分理にかなっていて、有効性は誰もが認めるところと思われます。
ただし、子どもの場合、解熱鎮痛薬の使用は慎重に考えられています。ピリナジン(アセトアミノフェン)は安全性の高い薬と考えられていて、子どものインフルエンザに対して、解熱鎮痛目的で使用されています。しかし、非ステロイド抗炎症薬のポンタール(メフェナム酸)、ボルタレン(ジクロフェナクナトリウム)およびサリチル酸系の薬(アスピリンなど)は、解熱目的での使用を原則としてしないことになっています。これはこれらの薬を使うことによって、インフルエンザ脳症になる場合があるからです。
インフルエンザでは、安易に解熱薬を使うとかえって自然治癒力を妨げて治るのに時間がかかるのではないかという説もあるようですが、臨床研究ではそのような証拠は認められていません。
おすすめの記事
根拠(参考文献)
- (1)Glezen WP. Clinical practice. Prevention and treatment of seasonal influenza. N Engl J Med 2008; 359:2579.
- (2)Fiore AE, Fry A, Shay D, et al. Antiviral agents for the treatment and chemoprophylaxis of influenza --- recommendations of the Advisory Committee on Immunization Practices (ACIP). MMWR Recomm Rep 2011; 60:1.
- (3)Fiore AE, Shay DK, Broder K, et al. Prevention and control of influenza: recommendations of the Advisory Committee on Immunization Practices (ACIP), 2008. MMWR Recomm Rep 2008; 57:1.
- (4)Cooper NJ, Sutton AJ, Abrams KR, et al. Effectiveness of neuraminidase inhibitors in treatment and prevention of influenza A and B: systematic review and meta-analyses of randomised controlled trials. BMJ 2003; 326:1235.
- (5)Nicholson KG, Aoki FY, Osterhaus AD, et al. Efficacy and safety of oseltamivir in treatment of acute influenza: a randomised controlled trial. Neuraminidase Inhibitor Flu Treatment Investigator Group. Lancet 2000; 355:1845.
- (6)Hayden FG, Osterhaus AD, Treanor JJ, et al. Efficacy and safety of the neuraminidase inhibitor zanamivir in the treatment of influenzavirus infections. GG167 Influenza Study Group. N Engl J Med 1997; 337:874.
- (7)Randomised trial of efficacy and safety of inhaled zanamivir in treatment of influenza A and B virus infections. The MIST (Management of Influenza in the Southern Hemisphere Trialists) Study Group. Lancet 1998; 352:1877.
- (8)Jefferson T, Jones M, Doshi P, et al. Oseltamivir for influenza in adults and children: systematic review of clinical study reports and summary of regulatory comments. BMJ 2014; 348:g2545.
- (9)Heneghan CJ, Onakpoya I, Thompson M, et al. Zanamivir for influenza in adults and children: systematic review of clinical study reports and summary of regulatory comments. BMJ 2014; 348:g2547.
- (10)Ison MG. Optimum timing of oseltamivir: lessons from Bangladesh. Lancet Infect Dis 2014; 14:88.
- (11)Fry AM, Goswami D, Nahar K, et al. Efficacy of oseltamivir treatment started within 5 days of symptom onset to reduce influenza illness duration and virus shedding in an urban setting in Bangladesh: a randomised placebo-controlled trial. Lancet Infect Dis 2014; 14:109.
- (12)Gaglia MA Jr, Cook RL, Kraemer KL, Rothberg MB. Patient knowledge and attitudes about antiviral medication and vaccination for influenza in an internal medicine clinic. Clin Infect Dis 2007; 45:1182.
- (13)Jefferson T, Demicheli V, Rivetti D, et al. Antivirals for influenza in healthy adults: systematic review. Lancet 2006; 367:303.
- (14)Treanor JJ, Hayden FG, Vrooman PS, et al. Efficacy and safety of the oral neuraminidase inhibitor oseltamivir in treating acute influenza: a randomized controlled trial. US Oral Neuraminidase Study Group. JAMA 2000; 283:1016.
- (15)Kaiser L, Wat C, Mills T, et al. Impact of oseltamivir treatment on influenza-related lower respiratory tract complications and hospitalizations. Arch Intern Med 2003; 163:1667.
- (16)Hernán MA, Lipsitch M. Oseltamivir and risk of lower respiratory tract complications in patients with flu symptoms: a meta-analysis of eleven randomized clinical trials. Clin Infect Dis 2011; 53:277.
- (17)Lee N, Chan PK, Choi KW, et al. Factors associated with early hospital discharge of adult influenza patients. Antivir Ther 2007; 12:501.
- (18)McGeer A, Green KA, Plevneshi A, et al. Antiviral therapy and outcomes of influenza requiring hospitalization in Ontario, Canada. Clin Infect Dis 2007; 45:1568.
- (19)Bowles SK, Lee W, Simor AE, et al. Use of oseltamivir during influenza outbreaks in Ontario nursing homes, 1999-2000. J Am Geriatr Soc 2002; 50:608.
- (20)Aoki FY, Boivin G. Influenza virus shedding: excretion patterns and effects of antiviral treatment. J Clin Virol 2009; 44:255.
- (21)Kawai N, Ikematsu H, Iwaki N, et al. A comparison of the effectiveness of oseltamivir for the treatment of influenza A and influenza B: a Japanese multicenter study of the 2003-2004 and 2004-2005 influenza seasons. Clin Infect Dis 2006; 43:439.
- (22)Aoki FY, Macleod MD, Paggiaro P, et al. Early administration of oral oseltamivir increases the benefits of influenza treatment. J Antimicrob Chemother 2003; 51:123.
- (23)Kawai N, Ikematsu H, Iwaki N, et al. Factors influencing the effectiveness of oseltamivir and amantadine for the treatment of influenza: a multicenter study from Japan of the 2002-2003 influenza season. Clin Infect Dis 2005; 40:1309.
- (24)Hayden FG, Treanor JJ, Fritz RS, et al. Use of the oral neuraminidase inhibitor oseltamivir in experimental human influenza: randomized controlled trials for prevention and treatment. JAMA 1999; 282:1240.
- (25)Burch J, Corbett M, Stock C, et al. Prescription of anti-influenza drugs for healthy adults: a systematic review and meta-analysis. Lancet Infect Dis 2009; 9:537.
- (26)Jefferson T, Jones MA, Doshi P, et al. Neuraminidase inhibitors for preventing and treating influenza in healthy adults and children. Cochrane Database Syst Rev 2012; 1:CD008965.
- (27)Hsu J, Santesso N, Mustafa R, et al. Antivirals for treatment of influenza: a systematic review and meta-analysis of observational studies. Ann Intern Med 2012; 156:512.
- (28)Jefferson T, Di Pietrantonj C, Al-Ansary LA, et al. Vaccines for preventing influenza in the elderly. Cochrane Database Syst Rev 2010; :CD004876.
- (29)Wong K, Campitelli MA, Stukel TA, Kwong JC. Estimating influenza vaccine effectiveness in community-dwelling elderly patients using the instrumental variable analysis method. Arch Intern Med 2012; 172:484.
- (30)Fry AM, Kim IK, Reed C, et al. Modeling the effect of different vaccine effectiveness estimates on the number of vaccine-prevented influenza-associated hospitalizations in older adults. Clin Infect Dis 2014; 59:406.
- (31)Hurwitz ES, Nelson DB, Davis C, et al. National surveillance for Reye syndrome: a five-year review. Pediatrics 1982; 70:895.
- (32)Pugliese A, Beltramo T, Torre D. Reye's and Reye's-like syndromes. Cell BiochemFunct 2008; 26:741.
- 出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行(データ改訂 2016年1月)