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鉄欠乏性貧血の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

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鉄欠乏性貧血とは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過

 鉄は赤血球をつくる際に必要とされるものです。鉄が不足すると十分な量の赤血球をつくることができず、赤血球のなかに含まれるヘモグロビンの量も減ってしまいます。ヘモグロビンは血液のなかで酸素を運搬する役目を担っており、不足すると臓器や筋肉に十分な酸素を送り届けることができません。これが鉄欠乏性貧血と呼ばれる病気で、貧血のなかでももっとも高頻度にみられます。

 貧血によって身体組織への酸素の供給が減ってしまうと、倦怠感、疲労感、息切れ、狭心症などの症状がおこります。さらに、顔面蒼白、立ちくらみ、動悸などもおこります。また、プラマービンソン症候群という嚥下障害(飲み込みにくくなる)を引きおこすこともあります。

 そのほかの症状としては、さじ状爪(爪がさじのように反り返った状態)、舌炎、口角炎などが現れることがあります。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 鉄欠乏性貧血は、鉄の供給量と需要量(喪失量)のバランスが崩れてしまうことによって生じるものです。原因は、

 ①鉄分の摂取不足(栄養不足、偏食)、消化管からの吸収障害(胃切除後、吸収不良症候群など)によるもの。

 ②成長期や妊娠による鉄需要の増大。

 ③慢性出血性疾患による鉄喪失量の増加。

 のいずれかに分けられます。一番多い原因は消化管からの出血性疾患によるもので、1日に2ミリリットルずつの慢性的な出血があると、鉄の供給量が需要量(喪失量)を下まわってしまい、貧血をおこしてしまいます。お年寄りでは本人が気づかないまま、痔疾患や消化性潰瘍からの出血が続いていることもあります。

 また、成人女性では月経過多のために鉄欠乏性貧血になることが少なくありません。なかには、子宮筋腫や子宮内膜症がもとになって月経過多となり、鉄欠乏性貧血となることもあるので注意が必要です。

病気の特徴

 女性に多い病気です。成人女性の5~10パーセント程度の人が、鉄欠乏性貧血と考えられています。

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治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
原因となる病気の治療を行う ★4 鉄欠乏性貧血の患者さんの30パーセントから50パーセントになんらかの上部消化管疾患を認めるため、ほかに明らかな出血の原因がなければ、胃カメラによる検査を行う必要があります。大腸がんの危険因子がある場合には下部消化管の検査も行う必要があります。女性の場合には、月経過多も原因となります。消化器疾患や子宮筋腫など、原因となるなんらかの病気が存在する場合には、当然それらを治療しなくてはなりません。 根拠(1)
経口鉄剤による治療を行う ★4 経口鉄剤の服用により、鉄欠乏性貧血は速やかに改善します。鉄剤単独で効果が不十分な場合には、ビタミンCを併用すると、鉄分の吸収がよくなることがわかっています。経口鉄剤は吐き気などの副作用があり、どうしても服用できない患者さんでは静脈注射で鉄剤を補う必要がでてきます。これらのことは、信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。 根拠(2)(3)

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

経口鉄剤

主に使われる薬 評価 評価のポイント
フェロミア(クエン酸第一鉄ナトリウム) ★4 経口鉄剤の服用により、鉄欠乏性貧血は速やかに改善することが、信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(2)
フェロ・グラデュメット(硫酸鉄) ★4

静注鉄剤

主に使われる薬 評価 評価のポイント
ブルタール(コンドロイチン硫酸・鉄コロイド) ★4 どうしても経口鉄剤が服用できない場合は、鉄剤の静脈注射を行うと効果のあることが、信頼性の高い臨床研究によって確認されています。しかし、強い副作用をおこす危険があるので、緊急な場合に限られます。 根拠(2)
フェジン(含糖酸化鉄) ★4

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

鉄不足だと酸素が運搬できない

 鉄は赤血球をつくる際に不可欠のものです。鉄が不足すると十分な量の赤血球をつくることができず、赤血球のなかに含まれるヘモグロビンの量も減ってしまいます。

 ヘモグロビンは血液のなかで酸素を運搬する役目を果たしているため、不足すると臓器や筋肉に十分な酸素を送り届けることができません。このため、倦怠感、疲労感、立ちくらみなどさまざまな症状を引きおこします。

鉄を補えば貧血の一時的な改善は可能

 診断は、血液検査で確定できます。診断がつきさえすれば、鉄剤によって鉄を補うことで貧血状態を改善することができます。

 鉄剤を約2カ月服用すれば、血液中のヘモグロビン濃度は正常になります。また、貧血の程度があまりにも強くて、日常生活も送れないほどの状態のケースでのみ輸血をすることがあります。

根本治療には原因究明が必要

 しかし、鉄の摂取量不足、吸収不良、出血(とくに消化管出血、成人女性での月経)、需要増加(成長期、妊娠)などのうちどれが原因なのかを明らかにしなければ、根本的な治療はできません。

鉄剤は経口摂取が基本

 鉄の補給は、鉄の含量が多い食物の摂取と、鉄剤の経口薬の服用によることが一般的です。

 以前は、鉄剤を飲むと胃の不快感を覚える患者さんが多かったのですが、最近はこうした副作用のおこりにくい鉄剤も開発され利用されています。鉄剤を飲みにくいと感じた場合は医師に相談してみるといいでしょう。

 なお、鉄剤の静脈注射は、経口薬に比べてアナフィラキシーショック(呼吸困難や血圧低下などをおこす急激なアレルギー反応)や発熱・関節痛などの強い副作用をおこす危険性が高いため、経口薬の摂取ができない場合や、緊急な場合に限るべきです。

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根拠(参考文献)

  • (1) Goddard AF, McIntyre AS, Scott BB. Guidelines for the management of iron deficiency anaemia. British Society of Gastroenterology. Gut. 2000;46(Suppl 3-4):IV1-IV5.
  • (2) Sayer JM, Long RG. A perspective on iron deficiency anaemia. Gut. 1993;34:1297-1299.
  • (3) Hallerg L, Brune M, Rossander-Hulthen R. Is there a physiological role of vitamin C in iron absorption. Ann NY Acad Sci, 1987;498:324-332.
出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行