人格障害の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢
人格障害とは、どんな病気でしょうか?
おもな症状と経過
人格障害とは、幼児期や青年期からずっと続いている性格の著しい偏り(ひずみ)を意味し、その性格のために社会生活に支障をきたし、本人が悩んだり、社会的な問題を引きおこしたりする場合に医療の対象となります。人格障害という言葉が日本で使われるようになったのは、1980年代に入ってからで、それまでは人格異常または異常性格などと呼ばれていました。世界保健機構(WHO)の診断基準によると、人格障害とは、「その人の属する文化から期待されるものより著しく偏った内的体験および行動の持続的パターンであり、ほかの精神障害に由来しないもの」となります。
うつ病や統合失調症は精神の疾病=病気というとらえ方がされますが、人格障害は人格の歪みであって病気とはとらえられない傾向があります。
そこでうつ病の患者さんが、同時に回避性人格障害や強迫性人格障害であると判断される場合もあります。
なお診断にあたって、脳の損傷や病気、精神病による人格変化によるものではないという前提があります。
人格障害はその性格の特徴からさまざまに分類されますが、アメリカの精神医学会では、大きく分けて3分類、詳しくは10種類に分類しています。
A群(奇妙なタイプ)
① 妄想性人格障害=他人の言動やものごとを悪意に解釈し疑り深い。
②統合失調質人格障害=自閉的で感情を他人に見せない。
③統合失調型人格障害=他人の言動を一方的に自分と結びつけたり、風変わりな行動をしたりする。
B群(感情的なタイプ)
④反社会性人格障害=社会のルールに無頓着で、暴力的な犯罪をおこしたりするが、罪悪感がない。
⑤境界性人格障害=衝動的で感情の起伏が激しく、対人関係が不安定。
⑥演技性人格障害=注目を浴びるためにオーバーな言動をし、思い通りにいかないと感情を爆発させる。
⑦自己愛性人格障害=自分を特別視し、傲慢で尊大な態度をとる。
C群(不安を持ち内向的なタイプ)
⑧回避性人格障害=仕事や対人関係で傷つくことを極端に恐れ、ひきこもる。
⑨依存性人格障害=なにごとも自分で決定できず、すべて他人に従う。
⑩強迫性人格障害=極端な完璧主義で融通がきかず、他人と良好な関係が保てない。
病気の原因や症状がおこってくるしくみ
人格は遺伝的な気質と、生まれてからの環境に影響を受ける性格の両方を含んだ言葉です。なぜ人格障害になるのかは、わかっていません。
病気の特徴
人口の約15%が何らかの人格障害を持っているとする報告もありますが、必ずしも全員に治療が必要というわけではありません。
治療法とケアの科学的根拠を比べる
治療とケア | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
心理療法を行う | ★4 | 通常、心理療法は人格障害に対してはじめに行われる治療です。具体的には、 グループ療法、精神分析療法、認知行動療法などが挙げられます。これらの心理療法の効果は信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 精神科医による専門的な治療を必要とします。 根拠(1)(2)(3) | |
抗うつ薬による治療を行う | ★2 | 通常、人格障害に対する薬物療法は推奨されません。しかし、うつ病や薬物依存等の症状を合併している場合は、抗うつ剤を使用してイライラ感などを抑えます。しかし効果は限定的です。 根拠(4)(5)(6) | |
鎮静剤による治療を行う | ★2 | 人格障害によるイライラ感等を抑えるために、鎮静剤を使用することがあります。 根拠(7)(8)(9)(10) |
よく使われる薬の科学的根拠を比べる
抗うつ薬
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
パキシル(塩酸パロキセチン水和物) | ★2 | 人格障害のみに対して使用することはなく、うつ病を合併している際に使用します。おもにイライラ感や気分の落ち込みなどを防ぎます。 根拠(4)(5)(6) | |
デプロメール/ルボックス(フルボキサミンマレイン酸塩) | ★2 | ||
トレドミン(塩酸ミルナシプラン) | ★2 |
鎮静薬
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
リーマス(リチウム) | ★2 | おもに人格障害に対する、気分の高揚やイライラ感を抑えるために使用されます。 根拠(10)(7)(8)(9) | |
テグレトール(カルバマゼピン) | ★2 | ||
デパケン(バルプロ酸ナトリウム) | ★2 |
総合的に見て現在もっとも確かな治療法
増えてきている人格障害
反社会的行動をおこした人が人格障害者あるいは精神疾患を有していたなどとの報道が最近頻繁になされ、この病気に対する社会的な関心は高まっています。
病院の外来でも、以前に比べて、人格障害者と判断せざるを得ない患者さんの数は増えているように思われます。
本人に治療の意思さえあれば、症状は改善する
人格障害と診断され、治療を受けようという気持ちになりさえすれば、グループ療法、認知行動療法、精神分析療法などの精神療法と、SSRIなどの薬の服用がまず勧められます。
このような組み合わせで、かなりの治療効果が期待できますが、衝動的な行動や攻撃的な行動がおさまらないときには、抗精神病薬が用いられます。
残念ながら治療の意思がない場合も多く、未治療のケースがたくさんあることも事実です。
確立が急がれる総合的な対策
多くの場合、薬物療法により問題行動を一時的に抑制することは可能です。しかし、根本的な治療となると非常に困難な現状です。患者さんの人権を尊重しなくてはならないという命題と、反社会的な行動をどれくらい確実に抑えることのできる治療方法があるのか、あるいは長期にわたって治療を継続させることができるか、また、それを確実に管理することができるかなどの困難さも含めて、多くの問題は解決されていません。
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根拠(参考文献)
- (1) Leichsenring F, Leibing E. The effectiveness of psychodynamic therapy and cognitive behavior therapy in the treatment of personality disorders: a meta-analysis. Am J Psychiatry 2003; 160:1223.
- (2) Leichsenring F, Rabung S. Effectiveness of long-term psychodynamic psychotherapy: a meta-analysis. JAMA 2008; 300:1551.
- (3) Matusiewicz AK, Hopwood CJ, Banducci AN, Lejuez CW. The effectiveness of cognitive behavioral therapy for personality disorders. PsychiatrClin North Am 2010; 33:657.
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- (7) Nickel MK, Nickel C, Kaplan P, et al. Treatment of aggression with topiramate in male borderline patients: a double-blind, placebo-controlled study. Biol Psychiatry 2005; 57:495.
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- (10) Frankenburg FR, Zanarini MC. Divalproex sodium treatment of women with borderline personality disorder and bipolar II disorder: a double-blind placebo-controlled pilot study. J Clin Psychiatry 2002; 63:442.
- 出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行(データ改訂 2016年1月)