つわり・妊娠悪阻の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢
つわり・妊娠悪阻とは、どんな病気でしょうか?
おもな症状と経過
妊娠して5、6週目からおこる吐き気、嘔吐、食欲不振などの消化器症状をつわりといいます。食べ物の好みが変わったり、気分の変化が激しくなったりもします。
一般的には日常生活に大きな支障をきたすことなく症状は自然に消失しますが、激しい嘔吐や極端な食欲不振をくり返して、体重が非常に減少したり必要な栄養が十分とれなくなったりすると、妊娠悪阻と呼ばれる状態になります。この状態になると、水分や栄養が不足し、皮膚の乾燥、舌苔、頻脈がみられます。さらに悪化すると、発熱、肝機能障害による黄疸、腎障害による無尿、意識障害などをおこすこともあります。
病気の原因や症状がおこってくるしくみ
つわりの原因として、いろいろな仮説が提唱されています。たとえば、妊娠によって、ホルモンの分泌や自律神経系に影響がおこる、胎盤の絨毛細胞(絨毛とは、母親の子宮内膜から栄養を吸収するための柔突起部)から吐き気をもよおさせる物質が生産される、母親になることへの責任感や分娩への不安、恐怖感などの精神的ストレスが関与している、などがおもな仮説です。
さらに、最近では、妊娠を維持する働きのあるホルモン(胎盤性刺激ホルモン)が甲状腺(体の発育や新陳代謝に関係あるホルモンを分泌する器官)を刺激するため、胃腸の活動が沈静化しないという日本人の研究報告が国際的に認められました。
つわりに効果があるという、さまざまな薬物のほとんどは、医学的・科学的に検証されたものではありません。また、精神的なストレスが本当に症状を悪化させるのかといったテーマについては、信頼性の高い臨床研究を行うことは困難です。栄養状態に注意しながら、症状が強いときは産婦人科の医師に相談することをお勧めします。
病気の特徴
妊婦全体の5~8割にみられるもので、妊娠12~16週までには自然に消失します。
治療法とケアの科学的根拠を比べる
治療とケア | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
ビタミンやミネラルをとるようにする | ★3 | ビタミン、マグネシウム、リン、カリウムなどのミネラルや電解質を補うことによって、症状が緩和すると考えられています。嘔吐の強い妊婦には、ビタミンB6(シアノコバラミン)の摂取を勧める研究もあります。 根拠(1)(2)(4) | |
食事は1回の量を少なくし、回数を多くする | ★2 | 食事1回あたりの量を減らし回数を増やすとどのような利点があるのかについての質の高い臨床研究は行われていませんが、専門家の意見や経験から支持されています。 | |
電解質のバランスが著しく崩れ、脱水症状や肝機能障害が現れた場合は入院する | ★3 | 臨床研究によって、重症のときには入院して治療を受けることで症状が改善されるということが確認されています。とくに、脱水状態の場合には、乳酸リンゲル液に電解質やビタミン剤を添加した輸液の効果を認めた報告があります。 根拠(1) |
よく使われる薬の科学的根拠を比べる
脱水症状を改善する補液
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
生理食塩液、ブドウ糖液、乳酸リンゲル液 | ★3 | 臨床研究によって、脱水症状をおこしているときには、乳酸リンゲル液の輸液を行うと脱水が改善されると報告されています。 根拠(1)(5) |
栄養状態を改善する輸液
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
---|---|---|---|
ビタミン製剤 | ★5 | 非常に信頼性の高い臨床研究によって、脱水状態のときには、乳酸リンゲル液に電解質やビタミン剤を添加した輸液を行うと効果的であることが確認されています。とくに、ビタミンB6・B12はつわりをやわらげる効果があります。 根拠(3)(4) |
肝機能改善薬
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
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タチオン/グルタイト/アギフトールS(グルタチオン) | ★2 | つわりのときの肝機能障害に対するグルタチオンの効果について、明確に示された臨床研究は見あたりませんが、専門家の意見や経験によって支持されています。 |
つわりを改善する漢方薬
主に使われる薬 | 評価 | 評価のポイント | |
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小半夏加茯苓湯 | ★2 | 漢方薬につわりを改善させる働きがあるかどうか、明確ではありませんが、専門家の意見や経験によって支持されています。 | |
五苓散 | ★2 | ||
二陳湯 | ★2 | ||
半夏厚朴湯 | ★2 |
総合的に見て現在もっとも確かな治療法
あくまでも一時的な症状と理解する
つわりや妊娠悪阻に対して、必ず効果があるという治療法は現在のところ見あたりません。一時的な症状にすぎないと理解して、安心感をもって生活することが大切です。また、どのようなきっかけで食欲不振や吐き気がもよおされるのかを自分で確認して、できるだけそれらを避けるようにします。普通の食事ができないときには、食べたいときに食べたい物を食べるようにし、また水分やビタミン、ミネラルなどを摂取するように努めます。少量を回数多く食べたほうがよいでしょう。
さまざまな薬物が「つわりに効く」といわれていますが、医学的、科学的に厳密な方法で検証されたものはそれほど多くありません。
症状がつらいときには、医療機関を受診する
嘔吐や食欲不振をくり返したりすることで、体重が減少したり必要な栄養が十分とれなくなったりする場合には、医療機関を受診して、輸液や内服薬での治療を受けるとよいでしょう。また、ビタミンB6・B12、抗ヒスタミン薬、フェノチアジン系薬が有効である可能性の高いことが、最近行われた研究結果のまとめで確認されています。また、鍼治療が吐き気を抑えることが信頼性の高い臨床研究で示されています。症状が強いときには、副腎皮質ステロイド薬やジアゼパムなどを用いると症状の改善や入院を減らせるかもしれないことを示した研究報告はありますが、確定的とはいえません。
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根拠(参考文献)
- (1) Nelson-Piercy C. Treatment of nausea and vomiting in pregnancy. When should it be treated and what can be safely taken? Drug Saf. 1998;19:155-164.
- (2) Nausea and vomiting of pregnancy. Association of Professors of Gynecology and Obstetrics, Washington, DC 2001.
- (3) Jewell D, Young G. Interventions for nausea and vomiting in early pregnancy. Cochrane Database Syst Rev. 2002;(1):CD000145.
- (4) Niebyl JR, Goodwin TM. Overview of nausea and vomiting of pregnancy with an emphasis on vitamins and ginger. Am J Obstet Gynecol. 2002;186:S253.
- (5) Power ML, Holzman GB, Schulkin J. A survey on the management of nausea and vomiting in pregnancy by obstetrician/gynecologists. Prim. Care Update Ob Gyns. 2001;8:69-72.
- 出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行