2003年初版 2016年改訂版を見る

妊娠中毒症の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

つぶやく いいね! はてなブックマーク

妊娠中毒症とは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過

 妊娠20週以降に高血圧、むくみ、たんぱく尿のいずれか、あるいは二つ以上の症状が認められる場合を妊娠中毒症といいます。もっとも重要な症状は高血圧です。悪化すると、母体から胎児に十分血液を供給できなくなるため、子宮内の胎児は酸素も栄養も不足して発育不全や仮死をおこすこともあります。早産や死産の原因となるばかりでなく、妊婦が死亡することもあり、妊娠中におこる病気のなかでは、もっとも注意が必要です。

 血圧や体重の測定、尿検査はすべて妊婦の定期検診で行われるものです。定期的に検診を受けて早期に発見し、体重管理や血圧管理などを確実に行うことが予防につながります。早期に症状が現れるものほど重症化する傾向が大きくなります。

 妊娠中毒症が重症化すると、次のような合併症がおこりやすくなります。

①子癇

 目の前がちかちかする、目の前が暗くなり物が見えなくなる、頭痛などの前兆のあと、けいれん発作があり、意識を失うこともあります。

②胎盤早期剥離

 出産後にはがれるはずの胎盤が、自然にはがれてしまいます。膣からの出血や激しい腹痛がおこります。

③肺水腫

 むくみがひどくなると肺まで水分が過剰にたまった状態になり、呼吸困難をおこします。

④脳出血

 急激な血圧の上昇に伴っておこりやすく、最悪の場合は死亡したり、体に麻痺が残ったりします。

⑤腎不全

 腎臓の働きが低下すると、体に老廃物がたまり、全身のけいれんや意識消失をおこします。腎不全と診断された場合は、入院のうえ、母体と胎児の管理をすることが必要になります。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 通常、分娩によって妊娠の状態が終了すると、妊娠中毒症の症状は軽くなり、いずれ消失します。そこで、妊娠によるさまざまな変化(ホルモン、自律神経、代謝など)に対応しきれず発症するのではないかと推測されています。

 妊娠中毒症になりやすい妊婦の危険因子としては、次のようなものがあげられています。①初産、②40歳以上、③肥満、④家族または本人が高血圧の人、⑤慢性の腎臓の病気にかかったことがある人、⑥以前の妊娠で妊娠中毒症にかかった人、⑦妊娠中に無理な仕事を続けている人、⑧多胎妊娠(双子や三つ子など)、⑨糖尿病のある人などです。とくに、これらの項目の複数があてはまる人は注意が必要です。

病気の特徴

 妊婦全体では、4~10パーセントの頻度でみられます。初産で妊娠中毒症をおこした場合、次の妊娠でも反復することが多くみられます。

続きを読む

治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
定期的に体重を測定し、体重の増加を管理する ★2 定期的に体重を測定し、体重の増加を管理することについて明確な有効性を示した臨床研究は見あたりませんでした。しかし、この病気の症状から考えて当然必要なケアと考えられます。
定期的に血圧を測定し、血圧を管理する ★3 妊娠中毒症の患者さんに対して降圧薬を用いて血圧をコントロールする効果について明確に示した臨床研究は見あたりませんが、高血圧によって引きおこされる脳血管性の病気を予防するという報告があります。高血圧の状態が長く続くと、母体・胎児ともに危険な状態を招く可能性が高まるので、血圧を正常に保つ管理が必要と考えられます。 根拠(1)~(3)
食事療法を行う ★2 どの程度の摂取エネルギーや塩分・たんぱく量の食事療法が妊娠中毒症の患者さんに対して効果があるのかについて明らかに示した臨床研究は見あたりません。しかし、個別の栄養素、カルシウム製剤やビタミンC・Eおよび魚油(おもにエイコサペンタエン酸に含まれる不飽和脂肪酸)などを摂取することで、妊娠中毒症が予防されることが信頼性の高い臨床研究によって確認されています。高血圧、むくみ、たんぱく尿というこの病気の症状を考慮すれば、塩分やたんぱく質のとりすぎは避けるべきでしょう。 根拠(4)~(8)
安静にする ★2 臨床研究などによる報告はありませんが、安静にすることに異議を唱える専門家はいないと思われます。
薬を用いて血圧を下げる ★4 安静にしたり食事に注意しても高血圧が改善しない場合には、降圧薬が用いられる場合があります。降圧薬は、脳血管性の病気の発症(妊娠中毒症の一症状)を予防する効果があると信頼性の高い臨床研究によって確認されています。ただし、新生児の体重を下げることもあるといわれています。 根拠(1)~(3)
妊婦の症状が著しく悪化した場合は、分娩の時期を検討する ★2 臨床研究によると、胎児にとって、妊娠期間は出産予定日まで可能な限り長いほうが、体重の増加などの発育状況から考えて望ましいとされています。出生時の体重が標準に近い数値であれば、新生児の合併症や集中治療を必要とする事態を避けることができます。ただし、妊婦が自然分娩を待てないほど症状が悪化している場合、陣痛を誘発させたり帝王切開を行って妊娠状態を終わらせる必要が出てきます。 根拠(9)(10)

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

血圧を下げる薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
血管拡張降圧薬 アプレゾリン(塩酸ヒドララジン) ★5 非常に信頼性の高い臨床研究によって、妊婦への安全性および有効性が確認されています。 根拠(11)~(13)
交感神経中枢抑制薬 アルドメット(メチルドパ) ★2 α、β遮断薬の塩酸ラベタロールと比較した最近の非常に信頼性の高い臨床研究では、血圧のコントロール、たんぱく尿の出現、分娩誘発・帝王切開の頻度など、すべての面で劣っていたとの報告があります。しかし、従来から妊婦への使用は安全であると考えられていて、用いられています。 根拠(16)
カルシウム拮抗薬 ペルジピン(塩酸ニカルジピン) ★5 非常に信頼性の高い臨床研究によって塩酸ニカルジピンおよび塩酸ラベタロールは妊婦での安全性と有効性が確認されています。 根拠(17)
α、β遮断薬 トランデート(塩酸ラベタロール) ★5

子癇に対し、けいれん発作を抑える薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
子宮運動抑制薬 マグネゾール(硫酸マグネシウム・ブドウ糖配合剤) ★5 非常に信頼性の高い臨床研究によって、硫酸マグネシウム・ブドウ糖配合剤は抗てんかん薬フェニトインに比べて、けいれん予防において効果があると報告されています。 根拠(14)(15)
抗不安薬 セルシン/ソナコン/ホリゾン(ジアゼパム) ★5 ジアゼパム、フェノバルビタールについては非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。 根拠(18)
鎮静薬 フェノバール(フェノバルビタール) ★5

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

血圧・体重管理は基本

 定期的に体重と血圧を測定し、適切な範囲内にそれらをコントロールすることがまず、基本です。定期検診を怠りさえしなければ早期発見は可能です。少なくとも食事は、塩分を制限し、エネルギーやたんぱく質量の見直しが必要となります。妊婦さんの体格によって適正体重が変わってきますから、専門医と相談すべきでしょう。

 そのほかカルシウムやビタミンC・E、魚油の摂取について、信頼性の高い臨床研究によって予防効果が認められています。意識して摂取するとよいでしょう。

高血圧対策には、母体と胎児に安全な降圧薬を

 妊娠中毒症でもっとも重要な症状は高血圧です。

 降圧薬はいまや数えきれないくらいありますが、妊娠中、母体と胎児に安全なことがわかっている薬は限られています。海外の臨床研究では、ペルジピン(塩酸ニカルジピン)やトランデート(塩酸ラベタロール)も安全で有効であるという結果が出ていますが、従来から用いられているアルドメット(メチルドパ)、または、アプレゾリン(塩酸ヒドララジン)から薬の使用を始めることをお勧めします。血圧が高いときは無理をせず、体を横にして安静にしているだけでも効果があります。

子癇のけいれん発作には、硫酸マグネシウムがよい

 合併症であるけいれん発作を抑える薬のなかでは、マグネゾール(硫酸マグネシウム・ブドウ糖配合剤)がもっとも望ましいと考えられていますが、世界的にみても、セルシン(ジアゼパム)が従来どおり広く使われる状況が続いているようです。

おすすめの記事

根拠(参考文献)

  • (1) Sibai BM. Treatment of hypertension in pregnant women. N Engl J Med. 1996;335:257-265.
  • (2) Ferrer RL, Sibai BM, Mulrow CD, et al. Management of mild chronic hypertension during pregnancy: a review. Obstet Gynecol. 2000;96:849-860.
  • (3) Lindenstrom E, Boysen G, Nyboe J. Influence of systolic and diastolic blood pressure on stroke risk: a prospective observational study. Am J Epidemiol. 1995;142:1279-1290.
  • (4) Bucher HC, Guyatt GH, Cook RJ, et al. Effect of calcium supplementation on pregnancy-induced hypertension and preeclampsia: a meta-analysis of randomized controlled trials. JAMA. 1996;275:1113-1117.
  • (5) DerSimonian R, Levine RJ. Resolving discrepancies between a meta-analysis and a subsequent large controlled trial. JAMA. 1999;282:664-670.
  • (6) Chappell LC, Seed PT, Briley AL, et al. Effect of antioxidants on the occurrence of pre-eclampsia in women at increased risk: a randomised trial. Lancet. 1999;354:810-816.
  • (7) Secher NJ, Olsen SF. Fish-oil and pre-eclampsia. Br J Obstet Gynaecol. 1990;97:1077-1079.
  • (8) Sorensen JD, Olsen SF, Pedersen AK, et al. Effects of fish oil supplementation in the third trimester of pregnancy on prostacyclin and thromboxane production. Am J Obstet Gynecol. 1993;168:915-922.
  • (9) Odendaal HJ, Pattinson RC, Bam R, et al. Aggressive or expectant management for patients with severe preeclampsia between 28-34 weeks' gestation: a randomized controlled trial. Obstet Gynecol. 1990;76:1070-1075.
  • (10) Sibai BM, Mercer BM, Schiff E, et al. Aggressive versus expectant management of severe preeclampsia at 28 to 32 weeks' gestation: a randomized controlled trial. Am J Obstet Gynecol. 1994;171:818-822.
  • (11) The sixth report of the Joint National Committee on prevention, detection, evaluation, and treatment of high blood pressure. Arch Intern Med. 1997;157:2413-2446.
  • (12) Remuzzi G, Ruggenenti P. Prevention and treatment of pregnancy-associated hypertension: what have we learned in the last 10 years? Am J Kidney Dis. 1991;18:285-305.
  • (13) Cunningham FG, Lindheimer MD. Hypertension in pregnancy. N Engl J Med. 1992;326:927-932.
  • (14) Which anticonvulsant for women with eclampsia? Evidence from the Collaborative Eclampsia Trial. Lancet. 1995;345:1455-1463.
  • (15) Lucas MJ, Leveno KJ, Cunningham FG. A comparison of magnesium sulfate with phenytoin for the prevention of eclampsia. N Engl J Med. 1995;333:201-205.
  • (16) el-Qarmalawi AM, Morsy AH, al-Fadly A, et al. Labetalol vs. methyldopa in the treatment of pregnancy-induced hypertension. Int J Gynaecol Obstet. 1995;49:125-130.
  • (17) Elatrous S, Nouira S, Ouanes Besbes L, et al. Short-term treatment of severe hypertension of pregnancy: prospective comparison of nicardipine and labetalol. Intensive Care Med. 2002;28:1281-1286.
  • (18) Duley L, Gulmezoglu AM, Henderson-Smart DJ. Anticonvulsants for women with pre-eclampsia. Cochrane Database Syst Rev. 2000;(2):CD000025. Update in: Cochrane Database Syst Rev. 2003;(2):CD000025.
出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行