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サルモネラ感染症の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

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サルモネラ感染症とは、どんな病気でしょうか?

 サルモネラ属の細菌によって引きおこされる感染症には数多くの種類がありますが、大きく分けると、重症化することの多い、「腸チフス・パラチフス」とそれ以外の「非チフス性サルモネラ症」の二つがあります。

腸チフス・パラチフスの場合

おもな症状と経過

 潜伏期間は1~3週間で、39~40度の発熱が現れ、それ以外には特徴的な症状はあまりありません。通常、人の体は発熱すると脈が速くなりますが、この病気では脈がゆっくりになります。1週間目くらいから胸からおなかにかけてバラ色の発疹が出るほか、軽い便秘や下痢をおこします。重症になると、腸に穴があいたり(腸管穿孔)、意識がもうろうとしたり(意識障害)、腎臓の働きが衰えたり(腎障害)、耳の聞こえが悪くなったり(聴力障害)します。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 腸チフスはチフス菌(Salmonella Typhi)、パラチフスはパラチフスA菌(Salmonella Paratyphi A)によって引きおこされます。

 腸チフス・パラチフスは免疫機能にかかわる組織へ侵入し、その部分で増殖して菌血症(血液中で細菌が増殖する病気)と腸の異常をおこします。

 患者さんや菌をもっていても発病しない保菌者の排泄物が感染源となり、菌によって汚染された食品や水を介して人から人へ感染します。

病気の特徴

 腸チフス・パラチフスの原因菌はアジアやアフリカなどの衛生環境がまだ十分に整っていない地域に多いので、旅行や出張でそうした地域へ行く人は注意が必要です。

非チフス性サルモネラ症の場合

おもな症状と経過

 ほとんどが食中毒として発症します。サルモネラ菌が体内に入ってから12~72時間後に下痢や発熱、腹痛、嘔吐、血便などが引きおこされます。下痢の便は緑がかった固まりのない水のような便(水様便)となるのが特徴です。症状はおよそ4~7日間続き、そのまま回復する人もいますが、激しい下痢によって脱水症状をおこした場合には入院が必要となる場合もあります。とくに、お年寄り、乳幼児、ほかの病気などで免疫が弱まっている人は重症化しやすく、ときに敗血症をおこし、生命にかかわる場合もあります。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 腸チフス・パラチフス以外のサルモネラ菌によっておこります。感染源となるのは、サルモネラ菌に汚染された肉や卵です。ニワトリが保菌動物となった場合は、その卵が細菌で汚染されることがあります。ニワトリをはじめとする家畜は、少なからず抗菌薬を与えられており、家畜の腸内には、耐性菌が増えていることも指摘されています。そのほかにペットとして飼育されているミドリガメが保菌していることが多く、カメから感染した例もあります。

病気の特徴

 わが国でおこる食中毒の原因菌としては、腸炎ビブリオと一、二を争っています。卵が汚染されている場合は、いろいろな加工品に含まれて、集団発生につながる可能性があります。加熱調理、冷蔵保存、調理者の手洗いの徹底などで予防できます。

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治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
腸チフス・パラチフスに対して抗菌薬を用いる ★4 腸チフス・パラチフスの患者さんに対するニューキノロン系抗菌薬の効果は信頼性の高い臨床研究によって確認されています。以前はクロラムフェニコールまたはアンピシリン水和物が用いられていましたが、それらに対して耐性をもつ菌が現れたことにより、最近ではニューキノロン系抗菌薬が広く用いられる傾向にあります。しかし、地域によってはニューキノロン系抗菌薬に対しても耐性をもつ菌が急増しています。どの抗菌薬をどの程度の日数使うかはまだ議論が多い分野です。そのため、薬剤感受性試験を行い、結果を待って抗菌薬を変更するなどの対応も必要とされています。 根拠(1)~(4)
軽症の非チフス性サルモネラ症では、抗菌薬を用いる ★1 免疫機能に問題のない成人および子どもの患者さんで、症状がそれほど重くなければ、抗菌薬の使用はその後の経過に影響は与えないことが臨床研究によって確認されています。ただし、免疫機能が低下している患者さん、乳幼児やお年寄りの患者さんの場合は使用されることもあります。 根拠(5)~(8)

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

腸チフス・パラチフスに対して

主に使われる薬 評価 評価のポイント
抗菌薬 クラビット(レボフロキサシン水和物) ★4 腸チフス・パラチフスの患者さんに対するニューキノロン系抗菌薬の効果は信頼性の高い臨床研究によって確認されています。腸チフス・パラチフスに効果があるとされるニューキノロン系抗菌薬にはレボフロキサシンのほかに、ノルフロキサシン、オフロキサシン、トシル酸トスフロキサシン、スパルフロキサシンなどがあり、これらが広く用いられる傾向にあります。しかし、地域によってはニューキノロン系抗菌薬に対しても耐性をもつ菌が現れてきているので、どの抗菌薬をどの程度の日数使うかはまだ議論が多い分野です。ニューキノロン系抗菌薬への耐性株に対しては、第三世代セフェム系薬、マクロライド系薬、クロラムフェニコールなどを考慮するのがよいとされています。 根拠(1)(2)
クロロマイセチン(クロラムフェニコール) ★2
ビクシリン(アンピシリン水和物) ★2

軽症の非チフス性サルモネラ症に対して

主に使われる薬 評価 評価のポイント
抗菌薬 ホスミシン(ホスホマイシンカルシウム) ★1 免疫機能に問題のない成人および子どもの患者さんで、臨床的な症状がそれほど重くなければ、抗菌薬の使用はその後の経過に影響を与えないことが臨床研究によって確認されています。ただし、免疫機能が低下している患者さん、乳幼児やお年寄りの患者さんの場合は使用されることもあります。 根拠(5)~(7)
クラビット(レボフロキサシン水和物) ★1

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

まず原因となる菌を確定

 サルモネラ属の細菌によって引きおこされる感染症は、「腸チフス・パラチフス」と「非チフス性サルモネラ症」の二つに大きく分けることができます。

 ただし、治療にあたって必要な手順は共通していて、最初に症状を引きおこしている原因となる菌を確定することが大切です。この病気の確定診断は、血液あるいは骨髄液の培養で原因菌を調べます。

 症状を引きおこしている原因がサルモネラ菌の腸チフス・パラチフスであるという確定診断がついたら、抗菌薬を服用することになります。

ニューキノロン系抗菌薬が第一選択

 かつて腸チフス・パラチフスに対しては、クロロマイセチン(クロラムフェニコール)やビクシリン(アンピシリン水和物)といった抗菌薬が使われていました。ところが、これらの薬剤に対して耐性菌がでてきたことから、効果が十分現れないこともしばしばあります。そこで、現在ではニューキノロン系抗菌薬がまず最初に用いられています。

 ただし、地域によってはニューキノロン系抗菌薬にも耐性菌が現れています。その場合には抗菌薬の種類を変更する必要があります。

 どの抗菌薬を何日間用いるかについては議論のあるところで、統一した見解はいまのところ得られていません。

胆石のある人は要注意

 胆石をもつ人では、急性期の症状がなくなったあともサルモネラ菌が継続的に便中に排泄されることがあり、注意が必要です。

 臨床症状がおさまれば抗菌薬による治療をいったん終了しますので、感染源とならないように調理や子ども、病人の世話などは控えるようにします。

 場合によっては胆石を取る(胆のうを切除する)ことも考えます。

非チフス性では抗菌薬を使っても症状は改善しない

 卵や肉の生食でしばしば引きおこされる非チフス性サルモネラ症の場合、免疫機能に問題がない人では、抗菌薬を用いても症状が軽くなるなどの効果は認められません。そのため、消化のよい食べ物をとりながら自然に回復するのを待つことになります。ただし、下痢のためにしばしば脱水症状をおこすことがあるので、水分の補給に気をつける必要があります。

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根拠(参考文献)

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  • (3) Limson BM. Short course quinolone therapy of typhoid fever in developing countries. Drugs. 1995;49(Suppl 2):136-138.
  • (4) Wain J, Hoa NT, Chinh NT, et al. Quinolone-resistant Salmonella typhi in Viet Nam: molecular basis of resistance and clinical response to treatment. Clin Infect Dis. 1997;25:1404-1410.
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  • (6) Sanchez C, Garcia-Restoy E, Garau J, et al. Ciprofloxacin and trimethoprim-sulfamethoxazole versus placebo in acute uncomplicated Salmonella enteritis: A double blind trial. J Infect Dis. 1993;168:1304-1307.
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  • (8) Nelson JD, Kusmiesz H, Jackson LH, et al. Treatment of Salmonella gastroenteritis with ampicillin, amoxicillin, or placebo. Pediatrics. 1980;65:1125-1130.
出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行(データ改訂 2016年1月)