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ブドウ球菌感染症の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

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ブドウ球菌感染症とは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過

 ブドウ球菌感染症には、皮膚感染症や尿路感染症、重症の肺炎や、心臓の内腔側の膜や弁に炎症がおきる心内膜炎など、体の一部に限局した感染症のほか、食中毒をはじめとする全身に症状の現れる中毒性の症候群などさまざまなタイプがあります。

 皮膚感染症では、毛穴に炎症をおこす毛包炎で始まることが多く、炎症がさらに深く進行したものを癤(いわゆるおでき)といい、顔や背中、おしりなどによくでき、痛みや熱を伴うことがあります。癤は一つ二つぽつんとできるもので、たくさんのおできができて炎症が広がった状態を癰と呼びます。子どもに多いとびひもほとんどの場合黄色ブドウ球菌が原因です。

 皮膚以外にも、侵入した体内のさまざまな場所で炎症をおこします。鼻の粘膜から侵入すると副鼻腔炎や中耳炎の原因となります。黄色ブドウ球菌性の肺炎は比較的まれですが、悪性腫瘍や糖尿病などの患者さんにおこりやすく、胸痛や呼吸困難を伴い、肺に水がたまる胸水や膿がたまる膿胸などを合併し、非常に重症化し、死亡率が高くなっています。

 また、心臓の弁置換術後におきる深刻な感染症である急性感染性心内膜炎は、ほとんどがブドウ球菌によるものです。これが悪化し、血液内に細菌が入り込み菌血症という状態になると、感染によって脳組織の一部に炎症がおこり、膿瘍ができる脳膿瘍や髄膜炎、骨髄炎などを合併することがあります。

 さらに、ブドウ球菌は食中毒の原因としても知られています。黄色ブドウ球菌には、毒素をつくりだす能力をもった種類があり、食中毒の場合は、菌が直接腸管の組織を破壊するなどして炎症をおこすのではなく、菌が増殖する際につくり出す毒素(ブドウ球菌性エンテロトキシン)によって症状が引きおこされます。黄色ブドウ球菌に汚染され、すでに菌が大量に繁殖した状態の食品を食べると、2~6時間後に症状が現れます。吐き気、嘔吐、激しい腹痛、下痢などがおもな症状で、発熱や発疹はほとんどみられません。多くは数日間で自然に治ります。

 このほか、黄色ブドウ球菌がつくり出す毒素によって、中毒性ショック症候群、ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群を引きおこすことがあります。

 中毒性ショック症候群は、まれな病気ではありますが、ときに生命にかかわるほど深刻な状態となり得ます。タンポンを使用している月経中の女性に多発したことで注目されましたが、それ以外にもやけど、虫刺され、手術創(手術による傷)などさまざまな皮膚の損傷から感染が始まる可能性があります。菌がつくり出す毒素によって急激に発症し、発熱とともに、吐き気、嘔吐、腹痛、下痢、筋肉痛、のどの痛み、めまいや低血圧、白目が赤くなる(結膜充血)などさまざまな症状が現れます。このほか、発症初期に全身に赤い湿疹が広がることもあります。2~3日でこれらの症状はおさまりますが、その後、腎機能やほかの臓器の機能も低下し、透析や人工呼吸器が必要となる場合もあります。発病後1~2週間で、手足、指をはじめ、顔や体の皮膚がかさぶたのようにはがれます(落屑)。

 ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群は、表皮剥脱毒素によって引きおこされ、皮膚にさまざまな症状が現れます。新生児のリッター病と、5歳以下の子どもにみられる中毒性表皮壊死症は、この症状がもっとも重症化したものです。いずれも症状としては、口のまわりや目のまわりから赤い湿疹が全身に広がり、触ると痛がる圧痛を伴い、発熱もみられます。まもなく、やけどのようにただれたり、水ぶくれが加わったりし、皮膚が簡単にはがれるようになります(ニコルスキー現象)。この段階で、二次感染をおこしやすくなり、重症化する可能性があります。皮膚がはがれた部分は乾燥し、さらに落屑が生じます。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 ブドウ球菌は皮膚やのど、鼻、膣の粘膜など人間の体に常に存在している菌(常在性細菌)で、病原性(病気を引きおこす力)の強い黄色ブドウ球菌と、病原性の弱いコアグラーゼ陰性ブドウ球菌があります。

 水のなか、ほこりなど外界にも広く存在していますが、通常は、黄色ブドウ球菌、コアグラーゼ陰性ブドウ球菌いずれによっても病気がおこることはありません。しかし、疲れて体力が低下している場合、入院や手術によって免疫機能が低下している場合、皮膚に傷がある場合など、人間にとって不利な状況、つまり細菌にとって有利な条件が整うと、病原性の強い黄色ブドウ球菌はもちろん、病原性が決して強いとはいえないコアグラーゼ陰性ブドウ球菌でも、体内に入り込んで、炎症をおこし、ときには重症化することも少なくありません。

病気の特徴

 黄色ブドウ球菌は健康な成人の約30パーセントに常在しているといわれています。また、透析をしている人、インスリンの注射が必要な糖尿病の患者さんなど常に皮膚に傷がある人、アトピー性皮膚炎など、なんらかの慢性の皮膚炎のある人、手術後の人などが、より高い割合で保菌しています。

 黄色ブドウ球菌の特徴として注目されるのは、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)と呼ばれる、ほとんどの抗菌薬が効かない種類の菌が存在することです。しかし、MRSA自体の病原性はとくにそれ以外の黄色ブドウ球菌より強いわけではなく、また、通常の常在菌同様、健康な状態の人に感染を引きおこすわけではありません。ただし、新生児やお年寄り、入院中の人などでは感染の可能性が高くなるため、病院内での感染(院内感染)の原因菌としてもっとも重要と考えられています。

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治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
化膿性のブドウ球菌感染症の場合 感染した部分が化膿している場合は、外科的に切開する ★3 切開を行い化膿している部分の膿を排出することで、炎症がおさまることが臨床研究によって確認されています。レーラらが行った研究では、切開後にセフェム系抗菌薬を用いても用いなくても7日後には96パーセントの患者さんでよくなっていたと報告されています。 根拠(1)
抗菌薬を用いる ★5 ブドウ球菌感染症に対する抗菌薬の効果は臨床研究によって確認されています。皮膚の感染症についてはほとんどがブドウ球菌およびレンサ球菌によるものです。重症の感染症である肺炎、心内膜炎、髄膜炎、骨髄炎などの場合も含めて、臨床所見、細菌学的直接鏡検、白血球数、CRP(C反応性タンパク:炎症などが起こると血液中に増加するたんぱく質)などにより経験的治療(いわゆるempiric therapy:診断を確定する前に治療を始めること)を開始し、原因菌の培養・抗菌薬の感受性検査など細菌学的検査の結果をみて診断、治療を修正します。ここでの経験的治療では、塩酸バンコマイシンとβラクタム系の抗菌薬の併用が行われることがあります。 根拠(2)~(4)
MRSAが原因の場合は、塩酸バンコマイシンを用いる ★5 原因菌がMRSAであることが確認されたら塩酸バンコマイシンを用います。塩酸バンコマイシンのMRSAに対する有効性は非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(5)~(8)
ブドウ球菌性中毒の場合 食中毒の場合は対症療法を行う ★3 黄色ブドウ球菌による食中毒は、菌そのものではなく食品内で菌が増殖する際にすでにつくりだしている毒素(ブドウ球菌性エンテロトキシン)が原因となっているので、抗菌薬は用いません。MRSAによる食中毒では塩酸バンコマイシンが有効なことを示唆する報告があります。下痢や嘔吐で脱水症状が激しい場合などには、輸液を行います。子どもであってもできるだけ経口あるいは経鼻管から水分を補給するよう勧められます。 根拠(9)(10)
中毒性ショック症候群の場合は抗菌薬を用いるとともに、対症療法を行う ★3 体内で毒素をつくり出している黄色ブドウ球菌を消失させるために抗菌薬を用います。また、腎機能の低下など深刻な合併症をおこすこともあり、その場合はそれぞれの治療を行うことになります。 根拠(11)(12)
ブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群の場合は抗菌薬を用いるとともに、対症療法を行う ★3 体内で毒素をつくり出している黄色ブドウ球菌を消失させるために抗菌薬を用います。また、やけどの治療と同様に輸液を行ったり、皮膚がはがれた部分の治療を行い、二次感染がおこらないようにします。これらのことは臨床研究によって確認されています。 根拠(4)(13)

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

皮膚感染症に対して

主に使われる薬 評価 評価のポイント
オーグメンチン(アモキシシリン:クラブラン酸カリウム=2:1) ★5 これらをはじめとして多くの抗菌薬が有効であることが非常に信頼性の高い臨床研究で確認されています。 根拠(14)(15)
ケフラール(セファクロル) ★5

MRSAが原因菌の場合

主に使われる薬 評価 評価のポイント
塩酸バンコマイシン(塩酸バンコマイシン) ★5 MRSAに対する塩酸バンコマイシンの効果は非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(5)~(8)

重症感染症に対して

主に使われる薬 評価 評価のポイント
肺炎・気管支炎の場合 シプロキサン(塩酸シプロフロキサシン) ★5 これらの薬剤をはじめとして多くの抗菌薬が有効であることが非常に信頼性の高い臨床研究で確認されています。 根拠(16)(17)(18)(19)
クラリス/クラリシッド(クラリスロマイシン) ★5
髄膜炎の場合 ロセフィン(セフトリアキソンナトリウム水和物) ★5
メロペン(メロペネム水和物) ★5
感染性心内膜炎の場合 ケフドール(セファマンドールナトリウム)(本邦非売品) ★5
ゲンタシン(硫酸ゲンタマイシン) ★5

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

皮膚感染症では、ブドウ球菌を想定して抗菌薬を用いる

 ブドウ球菌は人の皮膚、鼻やのどの粘膜などに常に存在している細菌で、健康な場合は病気をおこすことはありません。ただし、なんらかの原因で人間側の免疫力が低下した状態では、体内のさまざまな場所で感染をおこすことがあります。

 一般的に、感染症の患者さんでは、感染巣から採取した液の培養を行い、原因となる細菌を確かめて、その菌に対して抗菌薬が効くかどうかの試験(感受性試験)を行ったうえで、確実に有効な抗菌薬を選ぶのが理想です。しかし、皮膚の感染症の多くはブドウ球菌およびレンサ球菌によるものですので、病巣から採取した液を培養することなく(患部への塗布あるいは経口で)抗菌薬を用いることが少なくありません。比較的大きな膿を形成したときには、切開し、膿を排出したうえで、抗菌薬(さまざまな種類のものが用いられています)を塗布ないしガーゼにのばして貼付します。

重症感染症では、感受性試験を行って抗菌薬を選択する

 肺炎、感染性心内膜炎、髄膜炎、骨髄炎などの非常に重症の感染症では、痰や血液の培養と感受性試験の結果に基づいて抗菌薬を選択します。その結果がでるまでは、経験的にもっとも頻度の高い細菌によるものと想定して、それに対して効果のある抗菌薬を用います。

 MRSAによることがわかれば、塩酸バンコマイシンを用います。MRSAは、院内感染の原因菌としてもっとも重要な菌ですが、病原性自体は、通常のブドウ球菌と変わりません。ただし、いったん発症すると、現在、効果のある抗菌薬は塩酸バンコマイシンのみであるため注意が必要です。とくに、透析や手術後、カテーテルを挿入している患者さんなどに感染の危険性が高いことがわかっています。

毒素によっておこる病気もある

 一方、ブドウ球菌には、毒素をつくりだすものがあり、その毒素によって引きおこされる病気もあります。食中毒はその代表的なもので、この場合、すでに食品内で菌の増殖が始まっており、その際につくりだされた毒素が原因であるため、抗菌薬は用いられません。脱水症状が激しい場合などに限って輸液などの対症療法を行います。

 中毒性ショック症候群とブドウ球菌性熱傷様皮膚症候群の場合は、体内にいるブドウ球菌が毒素をつくりだしているので、抗菌薬を用い、それぞれの症状に対しての治療を行うことになります。

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根拠(参考文献)

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出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行(データ改訂 2016年1月)