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卵巣がんの治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

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卵巣がんとは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過


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 卵巣に発生するがんが卵巣がんです。卵巣は臓器のなかでも非常に多くの腫瘍が発生する臓器で、良性・悪性さまざまな種類がありますが、閉経後は悪性である可能性が高くなってきます。

 卵巣の表面にある上皮細胞にできる腫瘍がもっとも悪性で一般に卵巣がんと呼ばれ、全体の80パーセントを占めます。そのほか、卵細胞(卵子のもとになる細胞)から発生する腫瘍には良性・中間性・悪性のものがあります。

 卵巣は子宮と違って、体の奥にある臓器であるため、容易に細胞や組織をとって診断することが困難なので、発見されたときにはある程度進行している例が全体の60パーセントを占めるといわれています。

 卵巣は親指大で子宮の左右に一つずつあります。二つあるために一方にがんが発生しても、片方が機能していればほとんど自覚症状もありません。腫瘍自体にも痛みはありません。ただし、腫瘍が大きくなってくると腹水がたまったり、圧迫感や膨満感を感じる、下腹部にしこりが触れるなどの症状が現れます。

 また、腫瘍が小さい場合でも、卵巣を支える靱帯がねじれる茎捻転をおこすと、急激な激しい腹痛に襲われます。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 卵巣がんが発生しやすい要素としては、卵巣機能異常や喫煙、出産の経験がない、血縁者に卵巣がんの人がいることなどがあげられます。

 また、排卵が反復する、絶え間なく月経をくり返すためという考え方もあり、予防的にも治療的にもピル(経口避妊薬)を使用することがあります。

 直接的な検診法はいまのところなく、気づいたときには進行して転移していることが多いため、予後のよくないがんの一つです。

 治療の中心は手術療法ですが、病期や、がんの種類によって化学療法を組み合わせる場合もあります。

 卵巣と卵管をあわせて付属器と呼びますが、進行度によっては、この付属器を全部取る、腫瘍のあるほうの卵巣だけを取る、子宮やリンパ節までも取るなどして、可能なかぎり腫瘍を摘出することが治療の第一段階です。

 その後、抗がん薬などによる化学療法が数カ月間にわたり併用されることがありますが、それにより白血球・赤血球・血小板の減少がおきると免疫機能が低下するので日常生活に注意が必要です。

病気の特徴

 わが国の卵巣がんの患者数は年間7千人、そのうち死亡者は約4千人となっていて(2000年度調べ)、食生活そのほかの欧米化、晩婚化、出産年齢の高齢化などにより、卵巣がんにかかる女性が急増しています。

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治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
病期に応じて手術法を検討、選択する ★3 がんの病期に応じて両側付属器切除術、単純子宮全摘術、大網切除術、虫垂切除術、リンパ節郭清などの手術法が選択されます。妊娠、出産希望のある若い女性の卵巣がんについては、正確な病期診断をしたうえで、早期であれば両側の卵巣卵管を摘出する両側付属器切除術ではなく、腫瘍のあるほうの卵巣だけを切除する方法が選択されますが、標準的な両側付属器切除術および単純子宮全摘術と予後が変わらなかったという小規模な臨床研究があります。 根拠(1)
手術後に化学療法を行う ★3 卵巣がんはほかのがんと異なり、進行がんでも正確な病期の確定と、できるだけ腫瘍を取り除く手術を行い、その後、抗がん薬による化学療法を行うのが基本です。手術で十分に腫瘍量を減らしたあと化学療法を行った患者さんは、予後がよいという臨床研究があります。 根拠(2)
白金(platinum)を含んだ化学療法を行う ★5 卵巣がんに対する、白金製剤シスプラチンなどを中心とした化学療法の有効性は、非常に信頼性の高い臨床研究で確認されています。 根拠(6)~(10)
予防としてピル(経口避妊薬)を用いる ★4 複数の臨床研究、およびそれらを統合して解析した信頼性の高い研究で、卵巣がんの予防に対するピルの有用性が確認されています。 根拠(3)
検診を定期的に受ける ★1 コストと、偽陽性(まぎらわしい所見のため、がんでないのに手術を受けてしまう)などの問題があり、一般的な検診としては推奨されていません。 根拠(4)(5)

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

抗がん薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
CAP療法 根拠 (6)(7) エンドキサンP(シクロホスファミド)+アドリアシン(塩酸ドキソルビシン)+ランダ/ブリプラチン(シスプラチン) ★5 CAP療法(上記の3種類の組み合わせによる抗がん薬治療)のうち、まずシクロホスファミドと塩酸ドキソルビシンの組み合わせは有効です。さらにこれにシスプラチンを組み合わせると、組み合わせなかったときより有効であったという非常に信頼性の高い臨床研究があります。 根拠(6)(7)
TJ療法 根拠 (8)~(10) タキソール(パクリタキセル)+パラプラチン(カルボプラチン)またはランダ/ブリプラチン(シスプラチン) ★5 TJ療法(上記の3種類の組み合わせによる抗がん薬治療)については、シスプラチンに追加する薬剤として、シクロホスファミドとパクリタキセルを比較し、パクリタキセルが有効であったという非常に信頼性の高い臨床研究が複数あります。またシスプラチン+パクリタキセルと、カルボプラチン+パクリタキセルとで比較した結果、効果が変わらなかったという非常に信頼性の高い臨床研究があり、より副作用の軽度なカルボプラチンとパクリタキセルの組み合わせが推奨されています。 根拠(10)(8)~
主に使われる薬 評価 評価のポイント
ピル(経口避妊薬) ★2 卵巣がんを予防する効果があるとの報告はありますが、治療として経口避妊薬を使用する有効性については、さらなる研究が待たれるところです。

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

基本治療は手術と化学療法

 卵巣がんの治療は基本的には、可能な限り手術的に切除し、そのうえで白金系の抗がん薬のランダ/ブリプラチン(シスプラチン)あるいはパラプラチン(カルボプラチン)を含む複数の抗がん薬を用いた多剤併用化学療法を行います。

病期によって切除の範囲が決まる

 手術は、周囲の子宮や大網、虫垂、リンパ節にまでがんが広がっているかどうかにより、切除する範囲が決められます。

 発見時に、腹膜などに広範に腫瘍細胞が散っている場合でも、手術によってできる限り腫瘍細胞の量を減らした後で化学療法を行ったほうが、生存期間が延長するとの臨床研究があります。

 したがって、患者さんの体力や併発している病気などを考えて、可能な限り腫瘍細胞を摘出する手術が勧められます。

白金系抗がん薬による化学療法の有効性は高い

 化学療法では、白金系抗がん薬の有効性は、それ以外の抗がん薬に比較すると目をみはるほどのものであり、現在、まず用いられるべき薬剤と考えられています。

 当然、吐き気、嘔吐などの副作用をできるだけ減らすよう、あらかじめ制吐薬を用いるなどの工夫もきめ細かくなされるようになっています。

定期検診での発見は困難

 子宮頸がんの場合と異なり、検診を定期的に受けることで卵巣がんが早期に発見され、予後を改善するとの証拠は現在までのところ得られていません。

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根拠(参考文献)

  • (1) Zanetta G, Chiari S, Rota S, et al. Conservative surgery for stage I ovarian carcinoma in women of childbearing age. Br J Obstet Gynaecol. 1997;104:1030-1035.
  • (2) Hoskins WJ, McGuire WP, Brady MF, et al. The effect of diameter of largest residual disease on survival after primary cytoreductive surgery in patients with suboptimal residual epithelial ovarian carcinoma. Am J Obstet Gynecol. 1994;170:974-979. discussion 979-980.
  • (3) Bosetti C, Negri E, Trichopoulos D, et al. Long-term effects of oral contraceptives on ovarian cancer risk. Int J Cancer. 2002;102:262-265.
  • (4) van Nagell JR Jr, DePriest PD, Reedy MB, et al. The efficacy of transvaginal sonographic screening in asymptomatic women at risk for ovarian cancer. Gynecol Oncol. 2000;77:350-356.
  • (5) NIH consensus conference. Ovarian cancer. Screening, treatment, and follow-up. NIH Consensus Development Panel on Ovarian Cancer. JAMA. 1995;273:491-497.
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  • (7) Omura G, Blessing JA, Ehrlich CE, et al. A randomized trial of cyclophosphamide and doxorubicin with or without cisplatin in advanced ovarian carcinoma. A Gynecologic Oncology Group Study. Cancer. 1986;57:1725-1730.
  • (8) McGuire WP, Hoskins WJ, Brady MF, et al. Cyclophosphamide and cisplatin compared with paclitaxel and cisplatin in patients with stage III and stage IV ovarian cancer. N Engl J Med. 1996;334:1-6.
  • (9) Piccart MJ, Bertelsen K, James K, et al. Randomized intergroup trial of cisplatin-paclitaxel versus cisplatin-cyclophosphamide in women with advanced epithelial ovarian cancer: three-year results. J Natl Cancer Inst. 2000;92:699-708.
  • (10) Neijt JP, Engelholm SA, Tuxen MK, et al. Exploratory phase III study of paclitaxel and cisplatin versus paclitaxel and carboplatin in advanced ovarian cancer. J Clin Oncol. 2000;18:3084-3092.
出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行