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機能性ディスペプシア(機能性胃腸症)の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

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機能性ディスペプシア(機能性胃腸症)とは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過

 胃の痛み、胃のもたれなど上腹部症状を訴えて医療機関を受診しても、必ずしもなんらかの異常が見つかるとはかぎりません。なぜそのような症状がでるのかというと、潰瘍やがんのように、上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)や腹部エコーなどでわかる器質的疾患(特定の場所に病変が観察できる病気)ではなく、そのような検査ではわからない胃や十二指腸の機能の障害が原因ではないかと考えられます。

 そこで、原因となる器質的疾患や全身性疾患、代謝性疾患がないのに、胃の痛みや胃もたれなどの上腹部症状が慢性的に続く病気を、機能性ディスペプシア(ディスペプシアとは上腹部の症状を表す英語医学用語)あるいは機能性胃腸症と呼ぶようになりました。この病気は以前は慢性胃炎や神経性胃炎などと呼ばれていました。しかし現在は、慢性胃炎は症状の有無に関係なくピロリ菌感染が主な原因でおこる組織的な胃粘膜の炎症と定義されています。

 機能性ディスペプシアは、機能性消化管障害に含まれる病気のひとつです。機能性消化管障害とは器質的疾患がないにもかかわらず、慢性的に消化器症状がある病気の総称で、ほかには過敏性腸症候群に代表される機能性腸障害、機能性食道障害、機能性腹痛症候群、機能性胆嚢障害など多くの病気があります。

病気の原因や症状がおこるしくみ

 機能性ディスペプシアの原因については、胃酸の過剰な分泌あるいは低下などの異常、胃十二指腸の運動機能異常、内臓の知覚異常、ピロリ菌などの細菌やウイルス感染、心因的因子、遺伝的素因、消化管ホルモンの異常、腸内細菌の関与など、多岐にわたる要因が複雑に絡み合っていると考えられています。しかし、未だ明らかになっていないことも多いのが現状です。

 上腹部の痛み、不快感、膨満感、胃もたれ、吐き気などの上腹部症状のなかでも、胸やけや明らかな胃液の逆流症状がある場合は非びらん性胃食道逆流症(NERD)という別の機能性消化管障害に区別されています。もちろん器質的疾患がないことが前提条件ですから、命にかかわるような病気ではありません。また、機能性ディスペプシアはストレスなどの心因的因子が原因のひとつなので、うつ病や不安障害などの精神科的・心療内科的疾患が合併したり、同じ機能性の異常である過敏性腸症候群や非びらん性胃食道逆流症などを合併したりしていることがあります。

 機能性ディスペプシアの診療では、器質的疾患を除外するために上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)を行うことが勧められます。とくに欧米と比べて胃がんの発生が多い日本では、診療のいずれかの段階で行うことが必要と思われます。そのほか消化管以外の器質的疾患を除外するために、腹部超音波検査や腹部CT検査が必要な場合があります。また、全身性疾患や代謝性疾患を除外するために、採血をして血液生化学や免疫学的検査を行う場合もあります。ピロリ菌が陽性であれば除菌治療することで症状が改善することがあるので、ピロリ菌感染の有無をチェックすることもあります。

 機能性ディスペプシアは症状の詳細を把握することが重要なので、自己記入式質問票を用いて症状の種類や程度を客観的に評価することも有用です。さらに、ストレスなどの心因的・社会的因子が原因のひとつなので、うつ傾向を調べる質問票やQOL(生活の質を表す指標で、症状により日常生活がどの程度妨げられているかということ)を評価する質問票、不安状態を反映する質問票、睡眠を評価する質問票など、さまざまな心療内科的な検査が必要とされる場合もあります。

 限られた施設でのみ受けられる検査ですが、胃や十二指腸などの消化管機能を調べる検査(胃排出能や胃弛緩反応など)を行う場合もあります。しかし検査結果と症状や治療への反応が必ずしも一致しないため、一般的にはそれほど行われていません。

病気の特徴

 機能性ディスペプシアは近年になって概念が確立した新しい病気で、1990年代にアメリカで提唱され、日本では2013年に初めて保険診療名として承認されましたが、従来より器質的・全身的疾患がないのにもかかわらず上腹部の痛みや不快感が続くような患者さんが多く存在し、神経性胃炎あるいは慢性胃炎と診断されていました。

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治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
プロトンポンプ阻害薬やH2受容体拮抗薬などの酸分泌抑制薬を用いる ★4 酸分泌抑制薬は機能性ディスペプシアの症状を軽減する効果があるという研究が報告されていますが、細かくみると、機能性ディスペプシアの症状により効果は異なり、胃痛や胃部灼熱感では効果がみられものの、胃もたれや膨満感では効果がみられなかったとの報告があります。 根拠(1)(2)
プロトンポンプ阻害薬とH2受容体拮抗薬の効果に有意差は認めない ★4 効果を比較した研究は少ないですが、効果に違いがあるとの明らかな証拠はありません。 根拠(2)
消化管運動機能改善薬を用いる ★4 消化管運動機能改善薬とは機能性ディスペプシアをはじめとする機能性消化管疾患の治療薬として開発された薬剤で、消化管運動機能改善を中心に、内臓知覚過敏の改善効果を示す薬剤の総称です。消化管運動機能改善薬はとくに胃もたれ、膨満感などの症状改善に有効と報告されています。 根拠(2)(3)
ピロリ菌陽性の場合は除菌治療を行う ★4 ピロリ菌を除菌しても症状が改善されない場合が多いですが、一部の方には効果があると思われます。 根拠(4)
漢方薬を用いる ★3 漢方薬による治療が胃運動機能低下を改善し、上腹部心窩部膨満感の痛みや吐き気、げっぷなどの上腹部症状の改善に有効との報告があります。 根拠(5)(6)
抗うつ薬・抗不安薬を用いる ★3 精神心理的側面が機能性ディスペプシアに深く関与するため、抗うつ薬、抗不安薬が治療として用いられ、有効性が報告されています。 根拠(7)(8)
制酸薬、粘膜保護薬を用いる ★1 制酸薬や粘膜保護薬が症状改善に有効であるとの明らかな証拠はありません。 根拠(2)(9)
認知行動療法を行う ★3 認知行動療法とは症状出現の状況を解析し、症状改善または回避のためにどのような考え方や行動をとるのが適切であるのかを本人および医師の間で確認していく治療法で、機能性ディスペプシアの治療に有効です。これには、生活指導・食事指導という側面や、医師との信頼関係の確立といった側面もあります。 根拠(10)
食事療法を行う ★3 高カロリー脂肪食は炭水化物を中心とした高カロリー食および低カロリー食と比較して嘔気と痛みが強くなるとの報告があります。高カロリー脂肪食を避けることにより症状の一部が軽減できるかもしれません。 根拠(11)
飲酒と喫煙は症状を悪化させる ★2 飲酒ありと喫煙ありが機能性ディスペプシア患者さんに多いという報告もあれば少ないとの報告もあり、はっきりしません。 根拠(12)(13)

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

酸分泌抑制薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
プロトンポンプ阻害薬 オメプラール/オメプラゾン/オブランゼ/オメプロトン(オメプラゾール) ★4 胃壁の壁細胞から酸が分泌される最終段階を阻害することにより強力に酸分泌を抑制します。これらの薬剤は、臨床試験によりその有効性や安全性が確認されています。 根拠(1)(2)
タケプロン/タイプロトン/タピゾール/ランソラール(ランソプラゾール) ★4
パリエット(ラベプラゾールナトリウム) ★4
ネキシウム(エソメプラゾールマグネシウム水和物) ★4
H2受容体拮抗薬 タガメット/カイロック/チーカプト(シメチジン) ★4 壁細胞のヒスタミン受容体をブロックすることにより酸分泌を抑制します。これらの薬剤は、臨床試験によりその有効性や安全性が確認されています。 根拠(2)
ザンタック/ツルデック/ラデン/ラニザック(ラニチジン塩酸塩) ★4
ガスター/ガスセプト/ガスドック/ストマルコン(ファモチジン) ★4
アシノン/ドルセン(ニザチジン) ★4
プロテカジン(ラフチジン) ★4

消化管運動機能改善薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
セレキノン/セエルミート(トリメブチンマレイン酸塩) ★4 これらの薬剤の作用機序は多種多様ですが、臨床試験によりその有効性や安全性が確認されています。 根拠(2)(3)
プリンペラン/プラミール/ペラプリン/アノレキシノン/エリーテン/フォリクロン(メトクロプラミド) ★4
ナウゼリン/ドンペリン(ドンペリドン) ★4
ガナトン(イトプリド塩酸塩) ★4
ガスモチン(モサプリドクエン酸塩水和物) ★4
アコファイド(アコチアミド) ★4

ピロリ菌の除菌療法〈1次除菌〉

主に使われる薬 評価 評価のポイント
プロトンポンプ阻害薬(酸分泌抑制薬)、アモキシシリン水和物(ペニシリン系抗菌薬)、クラリスロマイシン(マクロライド系抗菌)の3剤を併用する オメプラール/オメプラゾン/オブランゼ/オメプロトン(オメプラゾール)またはタケプロン/タイプロトン/タピゾール/ランソラール(ランソプラゾール)またはパリエット(ラベプラゾールナトリウム)またはネキシウム(エソメプラゾールマグネシウム水和物)のいずれか1剤+サワシリン/アモリン/パセトシン/ワイドシリン(アモキシシリン水和物)+クラリス/クラリシッド(クラリスロマイシン)の3剤併用 ★5 プロトンポンプ阻害薬(酸分泌抑制薬)、アモキシシリン水和物(ペニシリン系抗菌薬)、クラリスロマイシン(マクロライド系抗菌)3剤を併用し、1週間内服することにより70~80パーセントの患者さんがピロリ菌除菌に成功します。また、ピロリ菌除菌後に再感染することは少なく、再感染率は年間1~2パーセントです。 根拠(4)
ラベキュアパック/ランサップ(3剤が1日分ごと1シートにパックされた製剤) ★5

ピロリ菌の除菌療法〈2次除菌〉

主に使われる薬 評価 評価のポイント
プロトンポンプ阻害薬(酸分泌抑制薬)、アモキシシリン水和物(ペニシリン系抗生物質)、メトロニダゾール(抗原虫薬)の3剤を併用する オメプラール/オメプラゾン/オブランゼ/オメプロトン(オメプラゾール)またはタケプロン/タイプロトン/タピゾール/ランソラール(ランソプラゾール)またはパリエット(ラベプラゾールナトリウム)またはネキシウム(エソメプラゾールマグネシウム水和物)のいずれか1剤+サワシリン/アモリン/パセトシン/ワイドシリン(アモキシシリン水和物)+アスゾール/フラジール(メトロニダゾール) ★5 1次除菌にて除菌できなかった場合、1次除菌で内服した3剤のうちクラリスロマイシンをメトロニダゾールに替えて1週間内服することにより、90パーセント前後の患者さんがピロリ菌除菌に成功します。また、メトロニダゾール内服中は禁酒が必要です。 根拠(4)
ラベファインパック/ランピオンパック(3剤が1日分ごと1シートにパックされた製剤) ★5

漢方薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
六君子湯 ★3 漢方薬による治療が胃運動機能低下を改善し、心窩部膨満感や吐き気、げっぷなどの上腹部症状の改善に有効との報告があります。漢方薬の効果についてのまとまったエビデンスは少なく、今後さらなる検討が必要です。 根拠(5)(6)
半夏厚朴湯 ★3

抗不安薬・抗うつ薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
セディール(タンドスピロンクエン酸塩) ★3 精神心理的側面が機能性ディスペプシアに深く関与するため抗うつ薬、抗不安薬が治療として用いられ、有効性が報告されています 根拠(7)(8)
トリプタノール、トフラニール、アナフラニール、スルモンチール、ノリトレン、アンプリット、アモキサン、プロチアデンなど(三環系抗うつ剤) ★3

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

検査によって、診断を確定する

 機能性ディスペプシアの診断確定には、胃潰瘍や胃がんなどの器質的疾患や全身性疾患や代謝性疾患を除外するために上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)を行うことが勧められます。また、腹部超音波検査、腹部CT検査、血液生化学、免疫学的検査、ピロリ菌検査などを行う場合もあります。

 ほかにも、症状の詳細を把握して客観的に評価するために、症状についての質問票、QOLを評価する質問票、不安状態や睡眠状態についての質問票など、さまざまな心療内科的な検査が必要とされることもあります。

酸分泌抑制薬や消化管運動機能改善薬を用いる

 プロトンポンプ阻害薬やH2受容体拮抗薬などの酸分泌抑制薬は、機能性ディスペプシアの症状によって効果に違いはありますが、治療薬として有効とされています。

 また、消化管運動機能改善薬は機能性ディスペプシアをはじめとする機能性消化管疾患の治療薬として開発された薬剤で、症状改善に有効です。消化管運動機能を中心に内臓知覚過敏の改善に効果があり、胃もたれ、膨満感などの症状改善に有効です。

ピロリ菌陽性の場合は除菌治療を行う

 ピロリ菌陽性の場合、除菌治療が症状改善に有効です。症状改善の効果があるのは一部の患者さんで、効果がみられない場合も多いのですが、除菌治療による大きな不利益はないため治療の選択肢として勧められています。

機能性ディスペプシアの治療は難しい

 以上のように、機能性ディスペプシアの原因が多岐にわたるように、治療も多岐にわたり、また、プラセボ(偽薬)による改善もかなりの割合でみられることがわかっています。現在のところ機能性ディスペプシアの治療に特効薬はなく、有効とされる治療もプラセボ(偽薬)と比べて効果が飛びぬけているわけではありません。それだけ治療が難しい病気ともいえるでしょう。

おすすめの記事

根拠(参考文献)

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  • (3)Matsueda K, Hongo M, Tack J, et al. Clinical trial: dose-dependent therapeutic efficacy of acotiamide hydrochloride(Z-338) in patients with functional dyspepsia – 100mg t.i.d. is an optimal dosage. NeurogastroenterolMotil. 2010;22:618-e173.
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  • (12)蓑田智憲. ドック及び職場検診のNUD (non-ulcer dyspepsia) の実態. 健康医学. 1996;11:196-199.
  • (13)松谷正一.Non-ulcer dyspepsia 患者の背景因子および消化管運動賦活の意義―消化管運動賦活調整剤シサプリドの効果. 診療と新薬. 1994;31:215-221.
出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行(データ改訂 2016年1月)