[乾癬治療を変える生物学的製剤] 2012/05/25[金]


岩手医科大学 遠藤幸紀先生

 生物学的製剤による乾癬治療を適正かつ安全に行っていくためには、乾癬の診断・治療はもちろん、副作用や合併症などのリスクに精通した専門医の存在が不可欠です。現在、生物学的製剤を使用した乾癬治療の導入を行うことができる施設は全国に約512施設(2012年4月12日現在)ありますが、その承認条件も厳しめに設定されています。(1)日本皮膚科学会が認定した皮膚科専門医が常勤していること、(2)急な副作用発症に迅速に対応できる施設で、呼吸器内科医、放射線専門医などと連携した対応が十分可能であること、などです。
 また、クリニックにおいてもTNF-α阻害薬に限り生物学的製剤を使用することが可能となりましたが、原則的には維持治療としての使用に限定されています。承認施設で導入が行われ、良好なコントロールが得られた上でクリニックでの維持療法という流れになるわけです。しかしそこでも、承認施設とクリニックの間に日常診療における“病診連携”がきちんとなされていることが条件となります。
 このように厳しめの条件がいくつも定められていますが、これは何よりも患者さんのリスクを可能な限り減らすためと言えます。その甲斐もあって、生物学的製剤による乾癬治療が開始されて2年が経過しましたが、現在のところ大きなトラブルは皆無と言っていいと思います。

生物学的製剤の治療対象となる症状

 一方、患者さんにおいても、生物学的製剤による治療の対象となる重症度の基準があります。
 まず、一般的な全身療法の導入基準としては“the rule of 10s”が知られています。これは「皮疹面積が体表面積の10%以上」、症状の程度をはかる「PASIスコアが10以上」、QOLをはかる「DLQIスコアが10以上」のいずれかを満たす患者さんを重症と判断し、全身療法の適応と考えるものです。
 生物学的製剤はこれをふまえ、光線療法やシクロスポリンといった既存の全身療法で十分な効果が得られなかった患者さんや、またその副作用のために十分な量の照射や内服ができない患者さんなどに使用の適応となります。
 ただし、関節症性乾癬については日常生活に支障が生じる以前に関節破壊の進行を抑制することが大切ですので、早期から生物学的製剤の使用を考慮すべきだと思います。
 また、皮疹の面積がそれほどでなくても、頭部や顔面であったり、手や爪など人目につきやすい部位に皮疹があると、スーツを着た際、鱗屑(りんせつ)が肩のあたりにパラパラと落ちて汚れてみえてしまったり、名刺交換などの際につらい思いをする、というように、患者さんのQOLを著しく低下させてしまいますので、こういうケースも生物学的製剤の治療対象になると思います。

患者さんに大きな負担となった「これまで」の乾癬治療

 以前までの乾癬治療は、重症度に応じて、塗り薬、飲み薬、紫外線を皮疹に照射する光線療法などを使い分けていました。基本は外用療法で、主にステロイドを含む外用剤とビタミンD3を含む外用剤を症状に応じて使い分けたり、両剤を併用して、皮膚が厚くなるのを防いでいます。軽症の場合は、外用薬で治療が可能なことも多いのですが、それでも毎日しっかりと塗り続けることは患者さんにとって大変なことだと思います。特に症状の面積が大きい患者さんは、外用薬を塗るだけで数十分を要することもあります。
 外用療法で症状の改善が十分でなければ、エトレチナートやシクロスポリンといった内服薬や光線療法が選択されます。しかし、これらの治療法はいずれも外用療法に比べ高い治療効果を示す反面、いくつかの問題点も抱えています。内服薬、たとえばシクロスポリンの場合、長期間服用している患者さんだと、腎機能障害や血圧上昇などの副作用がみられてくることがあります。また、光線療法は、十分な効果を得るためには週2回ほどの通院が必要となり、患者さんに大きな負担がかかってしまうのが「これまで」の乾癬治療の現状でした。

初診~生物学的製剤の治療導入まで


写真:岩手医科大学提供

 岩手医大では、現在、乾癬の専門外来を訪れている患者さんの約3割が生物学的製剤による治療を行っており、この治療法を希望される方も増えてきています。
 いまはインターネットで「乾癬の新しい治療=生物学的製剤」であることや、「生物学的製剤を使用できる承認施設」なども誰もが容易に調べることができる時代ですので、「いい薬があるんだって?」、「ここ(岩手医大)で治療できるんでしょ?」、「早速いますぐ注射してくれ!」という感じで来院される方もいらっしゃいます。しかし、希望があるからといってすぐに生物学的製剤による治療が開始できるわけではありません。
 導入に際しては各種スクリーニング検査が必要です。具体的には、問診、ツベルクリン反応、および画像検査(胸部X線、胸部CT)、必要に応じてクオンティフェロン検査(血液検査)を行い、結核を含めた呼吸器感染症の有無を確認します。またB型肝炎などにも注意を要しますので、導入に至るまでには総合的な判断が求められます。
 岩手医大では早い場合で導入前検査から1週間ほど、ほとんどの患者さんは1ヵ月以内で治療が開始されています。ツベルクリン反応が陽性の場合導入の3週間前から抗結核薬の予防投与を要しますし、B型肝炎ウイルスの検査で内科の受診を要した方はどうしても少し遅れてからの導入となります。しかし、このような段階をきちんと踏んでから導入している理由は、患者さんのリスクを極力減らし、より安全に生物学的製剤を使用という考えに他ならないのです。

診療の現場から~多くの患者さんの“人生”が明るいものに

 岩手医大では、重症の患者さんも多くいらっしゃいます。診療の最前線に立つなかで私は、生物学的製剤の導入によってそれまで長年多くの患者さんを苦しめていた難治性の皮疹と低下させていたQOLが劇的に改善されていく過程を数多く見てきました。
 印象的だった患者さんの1人に、長く通院されていた60代の女性の患者さんがいらっしゃいます。生物学的製剤を2~3回投与した後の診察時、「こんな笑顔をみせる方だったのか!」と思うほどイキイキとした表情で診察室に入って来られました。
 また、関節症性乾癬を発症されていた患者さんも印象に残っています。関節症状が強く階段を上ることもできなかった方でしたが、生物学的製剤の導入によりたちまちヒョイヒョイ上れるようになっていました。また、もう1人の方は痛みで指を曲げることすらつらそうにしていましたが、生物学的製剤の初回投与後には物を鷲掴みできるようになっていました。
 さらに、膿疱性(のうほうせい)乾癬を幼少時に発症し、20年にわたり増悪・軽快を繰り返していた若い男性の患者さんは導入して2年近くになりますが皮疹は全て消退した状態が継続されています。彼は、学童期、思春期、そして生物学的製剤導入までの間、乾癬のために進学、趣味、職業やその仕事の内容までいろいろと制限されてきたようです。しかし、皮疹がなくなったことで現在の仕事から、さらに上級の資格を取得するという新たな目標を見つけ、今は専門の学校に通い始めています。私は、彼がまだ小さな頃から、乾癬に悩んでいたのを医師として長く診察してきただけに、生物学的製剤によって、彼が新しい夢に向かって走り出している、そして彼の人生が大きく変わろうとしているということを大変に喜ばしく思っています。

現在の治療法で悩んでいるならまずは専門医へ相談を

 生物学的製剤による乾癬治療は、患者さんのQOLが改善されるというだけでなく、その先にあるもの、例えば表情や性格、そして人生までも変えてくれる可能性がある治療法だと言っても言い過ぎではないと思います。
 生物学的製剤が使用できるようになってから2年、乾癬治療は劇的に変化しました。症状を改善したいと思われている患者さんは、ぜひ一度専門医に相談をしてみてください。

遠藤 幸紀(えんどう・こうき)先生 現職:岩手医科大学皮膚科講師 / 出身:宮城県

平成7年3月 岩手医科大学医学部卒業
平成12年3月 同大学大学院医学研究科修了
平成12年4月 同大学皮膚科助手(現・助教)
平成14年1月 八戸赤十字病院皮膚科
平成16年4月 岩手医科大学皮膚科助手(現・助教)
平成17年7月 同講師
~現在に至る

所属学会

日本皮膚科学会(専門医)、 日本乾癬学会、 日本皮膚アレルギー・接触皮膚炎学会、 日本悪性腫瘍学会、
日本小児皮膚科学会

乾癬に関する
この記事を読んだ人は
他にこんな記事も読んでいます。
記事の見出し、記事内容、およびリンク先の記事内容は株式会社QLifeの法人としての意見・見解を示すものではありません。
掲載されている記事や写真などの無断転載を禁じます。