[乾癬治療を変える生物学的製剤] 2012/07/27[金]


聖母病院 小林里実先生

 12年前に乾癬患者さんに取ったアンケートで最も多く寄せられた声は「何よりも皮疹を治してほしい」ということでした。これまでの治療では、皮膚症状が1/3以下になっても患者さんのQOLはそれほど改善しなかったり、かなりの症状を抑えることができてもまたいつ皮疹がぶり返すかわからないという不安を抱える患者さんは多くいます。外用薬も有効ですが、皮疹が広範囲に及ぶ例では副作用を考えると十分な量の塗り薬を塗ることができない、内服薬が有効であるが副作用で十分な量の薬を使えなくなってしまったなどの理由から通院を止めてしまった患者さんも少なくありませんでした。それが生物学的製剤の導入によって、12年前は半ば諦めかけていた「ごく普通に日常生活が送れるという、患者さんが満足を得られるまでの皮膚症状の改善」が現実となり、私たち医師も「皮疹を治してあげられる」「患者さんの求める結果を実現できる」という実感を抱けるようになりました。

現在の治療で思うような結果が出ない時に生物学的製剤は有効

 当院で生物学的製剤を導入して治療にあたっている患者さんは、だいたい1割程度。全身に皮疹が及んでいる人、これまでの治療で十分な効果が得られなかった人、以前からの薬剤によって腎機能低下が懸念される人、または実際に副作用で薬が使えなくなってしまった人、関節炎を伴う人などに用いています。膿疱性乾癬を含む重症の患者さんの中には「有効な薬はこれぐらいしかないから」と副作用は懸念しつつも、10年以上もの間、内服薬を続けている場合もありました。
 患者さんの多くは人前に出ることが非常にストレスになっていました。皮膚再生のサイクルが早い乾癬は、今症状がなくてもいつ出るかわからない。そうした不安がいつもついて回ります。赤いがさがさした皮膚症状のため、電車に乗るのが苦痛だ、ゴルフへ行ってもお風呂には入らずに帰る、症状、見た目について詮索されるから引きこもりのような状態になってしまうなど、乾癬によって著しくQOLが下がっていました。
 ある若い男性の患者さんは、飲食業で働いていたのですが、ストレスで症状が悪化、同僚や上司から「不潔だ」「お客の前に出るな」などと理解のない言葉を言われ、職を失うまでに至ったそうです。

「症状だけでなく、乾癬という疾患を治療する」ということ

 こうした方々へ生物学的製剤を導入したことによって、まず大きな効果を実感したのは、乾癬だということがわからないくらいまで皮疹がキレイに治ったということです。それに伴って、表情も明るくなり、積極的になったと感じています。「これまでは長袖しか着られなかったがTシャツが着られた」「海水浴に行けた」「銭湯に行けた」など、ごく当たり前の生活ができる喜びを実感されている患者さんが多くいらっしゃいます。
 女性の患者さんでも、「これまでトラウマになって行けなかった美容院に行けた」「ネイルが出来た」「エステに行けた」「スカートがはけた」とオシャレを楽しむ余裕が出てきています。
 印象的だったのは、症状に悩まれている時は診察時もあまりお話をされなかった方が、生物学的製剤での治療を行い症状が改善した時、「実はあの頃自殺も考えたことがありました」と話してくれたこと。これまでは言いたいことも言えず様々な思いを抱え込んでいたのが、生活が一変したことで心も解放されたのかなと思った出来事でした。やはりこれは生物学的製剤によって満足のいく治療の効果を実感できるからなのだと思います。

生物学的製剤の治療後、QOL(=生活の質)の改善は人生までも変化させる

 また、これまで乾癬のために使っていた労力と時間の負担が大きく軽減したことによって人生が変わったと感じている方も多くいます。50代の男性は、これまでは朝5時半に起きてシャワーを浴び、1時間近くかけて薬を塗るという働き盛りであるのに大きな負担を強いられていました。しかし、生物学的製剤を使用することによってこれらの負担は一切なくなり、仕事や趣味に時間を使えることが何より嬉しいと話しています。服装のこと、会社や友人との旅行など、これまで諦めていたことが可能になるQOLの改善の1つひとつが、生き方や考え方も一変させます。
 生物学的製剤の治療には、通院するのは2ヶ月に1回程度でよいものもあり、遠方の方、忙しい方には非常に喜ばれています。
 また、生物学的製剤による治療効果は患者さんにより様々ですが、症状がよくなってくれば、例えば2週間に1回投与の薬も、3週間に1回あるいは4週間に1回の投与でコントロールできる場合もありますし、効果がでれば一度治療を中断し、症状が再燃したときに再治療を行うことが可能な薬もあります。さらに、自宅で自分で注射をし、治療されている方もいらっしゃいます。生物製剤は高価な薬剤ですが、これにより経済的な負担や通院に掛かる時間も軽減されます。

生物学的製剤の種類

「○○がしたいから」目的のための治療が可能に

 春頃にいらした患者さんの中に「夏に海水浴に行きたいから生物学的製剤を使ってみたい」という方がいました。これまではまず第一に症状を抑えることが優先されてきましたが、今後は「ハワイ旅行に行きたいから」などという目的達成をめざす乾癬の治療を行っていけるのではないかと思っています。
 とはいえ乾癬の患者さんの半数以上は個人のクリニックに通院しており、新しい治療法の存在を知らないこともあります。私たちとしてはこの生物学的製剤の適応となる患者さんが通院するクリニックとの連携を図り、少しでも乾癬に苦しんでいる患者さんが減るような体制づくりを進めています。生物学的製剤は承認された病院でしか投与を始めることは出来ませんが、導入と大きな副作用チェックは病院で請け負い、普段は近くのクリニックで維持療法を行うことが可能な製剤もあります。患者さんも「治らないから」と諦めず一度専門医に相談をしてほしいと思います。

小林里実(こばやし・さとみ)先生 聖母病院皮膚科 科長

平成元年3月 東京女子医科大学医学部 卒業
平成元年5月 東京女子医科大学皮膚科学教室 研修医
平成3年5月 同助手
平成10年11月 米国ケースウエスタンリザーブ大学
ポストドクトラルフェロー(Kevin D Cooperに師事)
平成13年1月 東京女子医科大学皮膚科学教室 助手
平成18年2月 同講師
平成19年7月 聖母病院皮膚科 科長
~現在に至る

学会

日本皮膚科学会、 日本乾癬学会、 日本研究皮膚科学会、 日本リウマチ学会、 日本免疫学会 ほか

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