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リンパ浮腫の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

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リンパ浮腫とは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過

 リンパ系は体のなかに存在するたんぱくなどを回収する働きと、リンパ球などを介して細菌・ウイルスや腫瘍の転移を防ぐ防御機能の二つの役割を担っています。リンパ浮腫は、体液の回収機能に障害がおこり、組織のなかに血漿たんぱくや水分が滞っている状態で、手足にみられることの多い病気です。手足のこわばり、指輪や靴が合わなくなる、筋力が低下する、痛みや重みを感じる、赤み、腫れなどの症状がみられます。リンパ浮腫は徐々に進行しますが、外傷、虫刺され、手足の使いすぎにより急激にむくむことがあります。

 リンパ浮腫自体では痛みを伴うことはありませんが、急激に浮腫が強くなったときや、悪性腫瘍が神経を圧迫したときにみられる悪性リンパ浮腫では、痛みが生じることもあります。浮腫があると小さな外傷でも容易に感染がおき、リンパ管炎を合併しやすいので注意が必要です。

 症状は重症度によってI期からIII期まで分類されています。I期は指で圧迫すると圧迫のあとが残り、横になって休むと浮腫が軽減する時期、II期は圧迫してもあとが残りにくく、横になっても浮腫が軽減しない時期、III期は皮膚の角質増殖が進行して象皮病となった時期となります。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 リンパ管の発育不全などによる原因がわからない原発性リンパ浮腫と、子宮がんや乳がんの治療後にしばしばみられる続発性リンパ浮腫があります。

 続発性リンパ浮腫は、感染や悪性腫瘍によって、手足の付け根のリンパ系が閉塞したときに生じます。骨盤や足の付け根、わきの下のリンパ節が閉塞をおこしやすい場所です。

 また、がんの治療などでリンパ節の郭清(がんの摘出手術の際に疑わしい組織を全部取り除くこと)や放射線照射治療をすると、リンパ液が流れにくくなって、手足に感染をおこしやすくなります。

病気の特徴

 欧米では原発性リンパ浮腫が多いのですが、わが国では子宮がんや乳がんの治療のあとの続発性リンパ浮腫が圧倒的に多くなっています。

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治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
保存的治療 リンパ誘導マッサージを行う ★3 蜂窩織炎、深部静脈血栓症、心不全などの合併がなければ、リンパマッサージによって浮腫が改善することがいくつかの臨床研究でわかっています。また、専用の器具を使って圧迫する方法(空気圧迫法)も有効であることがわかっています。 根拠(1)(2)
弾性包帯、弾性ストッキングを使用して圧迫療法を行う ★3 弾性包帯や弾性ストッキングの使用で、リンパ浮腫が改善することがわかっています。とくに両者を併用した場合に、症状の改善がすぐれているという臨床研究があります。 根拠(3)(4)
圧迫療法を行いながら運動をする ★2 リンパ浮腫が慢性化した場合、適度な運動による筋肉の収縮でリンパの流れを生みだし、浮腫が改善すると考えられています。臨床研究は見あたりませんが、専門家の意見や経験から支持されています。
免疫力の低下が生じているため、患肢の清潔を保つ ★2 皮膚の壊死(組織の細胞が死ぬこと)の合併をおこすことが入院につながったり、患者さんの生活の質の低下の原因になったりするため、感染症を予防する必要があります。臨床研究は見あたりませんが、専門家の意見や経験から支持されています。
利尿薬を用いる ★1 利尿薬はむくみをとる働きがありますが、たんぱくの貯留に対してはなんの働きもありませんし、むしろ組織の線維化を促します。そのため利尿薬は水分過剰の要素があるとき、がん患者さんでの緩和ケア(延命治療ではなく痛みをやわらげることに重点をおいたケア)、など、限られた場面でのみ、注意深く使用されるべきです。 根拠(7)
外科手術を行う(ただし、根治手術ではない) ★2 外科手術の有効性を確実に証明した臨床研究はありません。保存的な治療がうまくゆかず、症状が強い一部の患者さんにのみ外科手術を行うことは、専門家の意見や経験から支持されています。最近はマイクロサージェリー(顕微鏡を用いた手術)によるリンパ再建術もありますが、行っているのは一部の施設に限られています。 根拠(5)(6)

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

組織のなかにたんぱくや水分がたまる

 リンパ系には、組織のなかに存在するたんぱくなどを回収する働きと、リンパ球などを介した免疫の働きがありますが、リンパ浮腫は、組織間液を回収する働きに障害がおこったものです。組織のなかに血漿たんぱくや水分が滞っているために、手足にむくみやこわばりなどの症状がみられます。

 治療としては、むくみなどの症状をとるための対症療法、免疫力が弱まっているので感染症などの合併症を防ぐためのケア、閉塞したリンパ管を再建するための手術などがあります。

がん治療後のリンパ浮腫は難治

 かつて乳がんの外科治療や子宮頸がんの治療のために放射線治療を受けた患者さんでは、リンパ浮腫が慢性的におこっていることが少なくありません。こういう場合に対して、決定的な治療法が確立していないのが実情です。

圧迫療法と運動の併用

 臨床的な観察から、弾性包帯、弾性ストッキングを使用した圧迫療法やリンパ誘導マッサージ、空気圧迫法などの保存的治療が行われますが、成果は必ずしも満足できるものではありません。

 明確な根拠はありませんが、圧迫療法を行いながらの運動は浮腫を改善させると考えられています。また、患部の清潔を保つことは感染予防の点で重要です。

重症ならリンパ再建術も

 確実な根拠とはいいがたいのですが、日常生活に大きな支障をきたすほどのリンパ浮腫が改善しない場合には、マイクロサージェリーによるリンパ再建術を試みてもいいかもしれません。ただし、信頼性の高い臨床研究で有効性が証明されているわけではありませんので、リスクを十分理解したうえで受けたほうがいいでしょう。

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根拠(参考文献)

  • (1) Szuba A, Cooke JP, Yousuf S, et al. Decongestive lymphatic therapy for patients with cancer-related or primary lymphedema. Am J Med. 2000;109:296-300.
  • (2) Richmand DM, O'Donnell TF Jr, Zelikovski A. Sequential pneumatic compression for lymphedema. A controlled trial. Arch Surg. 1985;120:1116-1169.
  • (3) The diagnosis and treatment of peripheral lymphedema. Consensus document of the International Society of Lymphology Executive Committee. Lymphology. 1995;28:113-117.
  • (4) Badger CM, Peacock JL, Mortimer PS. A randomized, controlled, parallel-group clinical trial comparing multilayer bandaging followed by hosiery versus hosiery alone in the treatment of patients with lymphedema of the limb. Cancer. 2000;88:2832-2837.
  • (5) Chilvers AS, Kinmonth JB. Operations for lymphoedema of the lower limbs. A study of the results in 108 operations utilizing vascularized dermal flaps. J Cardiovasc Surg (Torino). 1975;16:115-119.
  • (6) Campisi C, Boccardo F. Frontiers in lymphatic microsurgery. Microsurgery. 1998;18:462-471.
  • (7) Mortimer PS. Therapy approaches for lymphedema. Angiology. 1997;48:87-91.
出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行