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糖尿病性腎症の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

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糖尿病性腎症とは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過

 糖尿病の患者さんで、血糖値を適切な範囲でコントロールできず、高血糖の状態が長く続くと、腎臓の働きが損なわれていきます。これが糖尿病の三大合併症の一つ、糖尿病性腎症です。

 日本の糖尿病患者さんの多くは2型糖尿病で、自覚症状に乏しいのが特徴です。自分が糖尿病であることに気づかないまま長期間過ごし、その結果、腎症を合併し、たんぱく尿などの異常から、はじめて糖尿病と診断されることになるケースも少なくありません。

 腎症がおこっても、はじめのうちはなんの症状もでません。腎性の高血圧や腎不全状態になるのは、ある程度進行してからです。たんぱく尿のみの時点で糖尿病の管理を厳しく行い、血圧も適切な値を保てば、進行をくいとめることができます。しかし放置すれば、やがてネフローゼ症候群、さらに腎不全、尿毒症に至ります。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 高血糖の状態になると、初期には腎臓への血流量が多くなり、腎臓自体が少し大きくなります。こうした状態が続くと、やがて腎臓の中で老廃物をろ過する糸球体の働きが徐々に損なわれていきます。

 腎臓の異常をもっとも早く知るには、尿中の“微量(ミクロ)アルブミン”検出検査を行うことですが、これは特殊な検査方法でなければ検出できません。この検査をせずに腎症を知らないまま高血糖状態が長期間続くと、やがて普通の検査方法でもたんぱく尿が検出されるようになります。この状態がさらに長期間続くと、体の老廃物を排泄する糸球体の働きがよりいっそう低下し、腎不全に至ります。最終的に人工透析などの代替え療法が必要となります。

病気の特徴

 現在、わが国で人工透析を新たに必要とする患者さんの原因となる病気の第1位(2011年の時点で新規透析導入患者の44.2パーセントを占める)が糖尿病性腎症で、医療上の大きな問題となっています。

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治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
血糖値を厳格にコントロールする ★5 血糖値をできるだけ正常に近い値までコントロールすれば早期の糖尿病性腎症の発症、進行を抑制できるということが、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(1)
血圧をコントロールする ★5 血圧を正常レベルにコントロールすることで、糖尿病性腎症の進行が抑制されることが、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(2)
腎臓を保護する効果のある降圧薬を用いる ★5 レニンアンジオテンシン系阻害薬は、ほかの降圧薬に比べて腎臓を保護する効果が高いうえ、腎臓以外の臓器の合併症を予防する効果も高いので、降圧薬のなかでは第一選択となります。これは非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(3)~(5)
たんぱく質を制限する ★3 たんぱく質制限食が糖尿病性腎症の進行を抑制する可能性があることが臨床研究によって確認されています。 根拠(6)
利尿薬を用いる ★3 腎症が進行して腎不全になると、体内の水分が尿として排泄されにくくなり、体内に余分な水分がたまってきます。利尿薬は、余分な水分を排泄するのに有効です。 根拠(7)
エリスロポエチンを用いる ★3 腎性貧血をおこした場合、その治療薬に、エリスロポエチンを使用することで、QOL(生活の質)が上がり、脳卒中、心疾患などの頻度が低下したという非常に信頼性の高い臨床研究があります。しかし、貧血を過度に補正することによって、かえって脳血管障害をきたすという報告もあり注意が必要です。 根拠(8)(9)

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

血糖値のコントロールについては糖尿病の項を参照してください。

血圧をコントロールする(レニンアンジオテンシン系阻害薬)

主に使われる薬 評価 評価のポイント
ACE阻害薬 カプトリル(カプトプリル) ★5 ACE阻害薬は、糖尿病性腎症の微量アルブミン尿や尿たんぱく増加を抑制し、腎機能障害の進行を抑制することが非常に信頼性の高い臨床研究によって示されています。 根拠(6)
レニベース(エナラプリルマレイン酸塩) ★5
タナトリル(イミダプリル塩酸塩) ★5
オドリック/プレラン(トランドラプリル) ★5
ゼストリル/ロンゲス(リシノプリル) ★5
AIII受容体拮抗薬 ニューロタン(ロサルタンカリウム) ★5 AII受容体拮抗薬は、糖尿病性腎症の微量アルブミン尿や尿たんぱく増加を抑制し、腎機能障害の進行を抑制することが非常に信頼性の高い臨床研究によって示されています。AII受容体拮抗薬とACE阻害薬との比較ではあまり差がないと考えられています。 根拠(6)
ブロプレス(カンデサルタンシレキセチル) ★5
オルメテック(オルメサルタンメドキソミル) ★5
アバプロ/イルベタン(イルベサルタン) ★5
ミカルディス(テルミサルタン) ★5
レニン阻害薬 ラジレス(アリスキレン) ★5 レニン阻害薬には腎機能障害進行抑制効果があることが信頼性の高い臨床研究によって証明されています。他剤との併用では副作用に注意が必要です。 根拠(10)
カルシウム拮抗薬 ノルバスク/アムロジン(アムロジピンベシル酸塩) ★4 カルシウム拮抗薬はRA系阻害薬と同程度に糖尿病性腎症の進展を抑制することが比較的信頼性の高い臨床研究によって明らかになっています。しかし、RA系阻害薬と比べて腎臓の保護効果は弱いという報告も多く、RA阻害薬を優先させます。 根拠(11)

排尿を促す

主に使われる薬 評価 評価のポイント
利尿薬 ラシックス(フロセミド) ★3 糖尿病性腎症のうち、ネフローゼ症候群を示した患者さんに、利尿薬を使用することで尿量が増加したという臨床研究があります。 根拠(7)

腎性貧血に対して

主に使われる薬 評価 評価のポイント
エリスロポエチン製剤 エスポー(エポエチンアルファ) ★3 腎性貧血の治療にエリスロポエチン製剤を使用することで、QOL(生活の質)を高めたり、脳卒中や心筋梗塞の発生頻度を低下させたりすることを示した信頼性の高い臨床研究がありますが、貧血を過度に補正することによってかえって脳血管障害をきたすという報告もあります。 根拠(6)(8)(9)
エポジン(エポエチンベータ) ★2
ネスプ(ダルベポエチンアルファ) ★3
ミルセラ(エポエチンベータペゴル) ★3

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

まずは血糖値のコントロールを

 糖尿病と診断されたら、糖尿病性腎症の発症にかかわらず、血糖値をできるだけ正常値までコントロールすることが重要です。それが腎症だけでなくあらゆる合併症を予防し、生活の質を保つことにつながります。

尿中“微量(ミクロ)アルブミン”検出検査が必要

 糖尿病性腎症を早く知るには、尿中“微量(ミクロ)アルブミン”検出検査が必要になります。しかし、検査を行わずにいたり、検査が陽性であったにもかかわらずその状態を放置していたりすると、遅かれ早かれ、高度のたんぱく尿が出て、血清クレアチニンが上昇し、腎不全へと進みます。

 したがって、まずは検査を行い、“微量(ミクロ)アルブミン”が検出されたら、これまで以上に厳格な血糖値のコントロールをします。レニンアンジオテンシン系阻害薬はしばしば合併する高血圧を下げる作用だけでなく、腎臓を保護する作用もあるため、高血圧の有無にかかわらず、使用されます。

血圧の目標値は130/80

 とくに高血圧については、通常の治療目標値140/90よりさらに低い130/80以下を目標とします。このレベルまで落とすと、糖尿病性腎症の進展を予防できる可能性が高まるということが確認されています。降圧薬の種類と量をきめ細かく調整する必要があります。

 たんぱく質制限食も糖尿病性腎症の進行を抑えることが確認されています。日常生活において積極的にこれらを行うことが重要です。

おすすめの記事

根拠(参考文献)

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  • (2)Adler AI, Stratton IM, et al. Association of systolic blood pressure with macrovascular and microvascular complications of type 2 diabetes (UKPDS 36): prospective observational study.BMJ. 2000;321(7258):412.
  • (3)Haller H, Ito S, et al Olmesartan for the delay or prevention of microalbuminuria in Type 2 diabetes. N Engl J Med. 2011;364:907-917.
  • (4)Makino H, Haneda M, Babazono T, et al. Prevention of transition from incipient overt nephropathy with Telmisartan in patients with type 2 diabetes. Diabetes Care. 2007;30:1577-1578.
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  • (12)日本腎臓学会. エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン.東京医学社. 2013.
出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行(データ改訂 2016年1月)