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糖尿病性腎症の治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

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糖尿病性腎症とは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過

 糖尿病の患者さんで、血糖値を適切な範囲でコントロールできず、高血糖の状態が長く続くと、腎臓の働きが損なわれていきます。これが糖尿病の三大合併症の一つ、糖尿病性腎症です。

 日本の糖尿病患者さんの多くは2型糖尿病で、自覚症状に乏しいのが特徴です。自分が糖尿病であることに気づかないまま長期間過ごし、その結果、腎症を合併し、たんぱく尿などの異常から、はじめて糖尿病と診断されることになるケースも少なくありません。

 腎症がおこっても、はじめのうちはなんの症状もでません。腎性の高血圧や腎不全状態になるのは、ある程度進行してからです。たんぱく尿のみの時点で糖尿病の管理を厳しく行い、血圧も適切な値を保てば、進行をくいとめることができます。しかし放置すれば、やがてネフローゼ症候群、さらに腎不全、尿毒症に至ります。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 高血糖の状態になると、初期には腎臓への血流量が多くなり、腎臓自体が少し大きくなります。こうした状態が続くと、やがて腎臓の中で老廃物をろ過する糸球体の働きが徐々に損なわれていきます。

 腎臓の異常をもっとも早く知るには、尿中の“微小(ミクロ)アルブミン”検出検査を行うことですが、これは特殊な検査方法でなければ検出できません。この検査をせずに腎症を知らないまま高血糖状態が長期間続くと、やがて普通の検査方法でもたんぱく尿が検出されるようになります。この状態がさらに長期間続くと、体の老廃物を排泄する糸球体の働きがよりいっそう低下し、腎不全に至ります。最終的に人工透析が必要になります。

病気の特徴

 現在、わが国で人工透析を新たに必要とする患者さんの原因となる病気の第1位(2000年の時点で新規透析導入患者の36.6パーセントを占める)が糖尿病性腎症で、医療上の大きな問題となっています。

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治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
禁煙を徹底する ★4 喫煙と糖尿病性腎症の進行は関連しているということが、信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(1)
早期であるほど血糖値を厳格にコントロールする ★5 血糖値をできるだけ正常に近い値までコントロールすれば糖尿病性腎症の進行が抑制されるということが、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(2)
血圧をコントロールする ★5 血圧を正常レベルにコントロールすることで、糖尿病性腎症の進行が抑制されることが、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(3)(4)
腎臓を保護する効果のある降圧薬を用いる ★5 降圧薬の一種ACE阻害薬は、ほかの降圧薬に比べて腎臓を保護する効果が高いうえ、腎臓以外の臓器の合併症を予防する効果も高いので、降圧薬のなかでは第一選択となります。これは非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(3)
症状が進んだ場合、たんぱく質を制限する ★5 たんぱく質制限食が糖尿病性腎症の進行を抑制するということが、非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。 根拠(5)
利尿薬を用いる ★3 腎症が進行して腎不全になると、体内の水分が尿として排泄されにくくなり、体内に余分な水分がたまってきます。利尿薬は、余分な水分を排泄するのに有効です。 根拠(6)
エリスロポエチンを用いる ★5 腎性貧血をおこした場合、その治療薬に、エリスロポエチンを使用することで、QOL(生活の質)が上がり、脳卒中、心筋梗塞などの頻度が低下するという非常に信頼性の高い臨床研究があります。 根拠(7)

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

血糖値のコントロールについては「糖尿病」の項を参照してください。

血圧をコントロールする

主に使われる薬 評価 評価のポイント
ACE阻害薬 レニベース(マレイン酸エナラプリル) ★5 高血圧になっている、なっていないにかかわらず、ACE阻害薬は糖尿病性腎症の進行を抑制するという非常に信頼性の高い臨床研究があります。 根拠(3)
タナトリル/ノバロック(塩酸イミダプリル) ★5
カルシウム拮抗薬 ノルバスク/アムロジン(ベシル酸アムロジピン) ★2 カルシウム拮抗薬で血圧が正常範囲に抑えられると、糖尿病性腎症の進展が抑制されることが臨床研究によって明らかになっています。しかし、ACE阻害薬と比べて腎臓の保護効果は弱く、心臓病に悪影響があるのではないかとの危惧も抱かれているため、ACE阻害薬を優先させます。 根拠(3)
AII受容体拮抗薬 ニューロタン(ロサルタンカリウム) ★5 ロサルタンカリウムやカンデサルタンシレキセチルなどのAII受容体拮抗薬は、ACE阻害薬以外のほかの降圧薬と比べて、糖尿病性腎症の進行を抑制することが非常に信頼性の高い臨床研究によって示されています。AII受容体拮抗薬とACE阻害薬とを直接比較した臨床研究は見あたりませんが、別々の臨床研究を比べてみると、ACE阻害薬に比べてより高い効果を示す臨床研究が報告されています。 根拠(8)(9)
ブロプレス(カンデサルタンシレキセチル) ★5

排尿を促す

主に使われる薬 評価 評価のポイント
利尿薬 ラシックス(フロセミド) ★3 糖尿病性腎症のうち、ネフローゼ症候群を示した患者さんに、利尿薬を使用することで尿量が増加したという臨床研究があります。 根拠(6)

腎性貧血に対して

主に使われる薬 評価 評価のポイント
エリスロポエチン エスポー(エポエチンアルファ) ★5 腎性貧血の治療にエリスロポエチンを使用することで、QOL(生活の質)を高めたり、脳卒中や心筋梗塞の発生頻度を低下させたりすることを示した非常に信頼性の高い臨床研究があります。 根拠(7)
エポジン(エポエチンベータ) ★5

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

まずは血糖値のコントロールを

 糖尿病と診断されたら、糖尿病性腎症の発症にかかわらず、血糖値をできるだけ正常値までコントロールすることが重要です。それが腎症だけでなくあらゆる合併症を予防し、生活の質を保つことにつながります。

尿中“微小(ミクロ)アルブミン”検出検査が必要

 糖尿病と診断されたら、まずは一刻も早く腎臓に障害がおこっていないか調べることが大切です。糖尿病性腎症を早く知るには、尿中“微小(ミクロ)アルブミン”検出検査が必要になります。しかし、検査を行わずにいたり、検査が陽性であったにもかかわらずその状態を放置していたりすると、遅かれ早かれ、高度のたんぱく尿が出て、血清クレアチニンが上昇し、腎不全へと進みます。

 したがって、まずは検査を行い、“微小(ミクロ)アルブミン”が検出されたら、これまで以上に厳格な血糖値のコントロールをします。ACE阻害薬はしばしば合併する高血圧を下げる作用だけでなく、腎臓を保護する作用もあるため、高血圧の有無にかかわらず、使用されます。

血圧の目標値は135/85

 とくに高血圧については、通常の治療目標値140/90よりさらに低い135/85以下を目標とします。このレベルまで落とすと、糖尿病性腎症の進展を予防できる可能性が高まるということが確認されています。降圧薬の種類と量をきめ細かく調整する必要があります。

 たんぱく質制限食、禁煙も糖尿病性腎症の進行を抑えることが確認されています。日常生活において積極的にこれらを行うことが重要です。

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根拠(参考文献)

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出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行