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胃がんの治療法執筆者:聖路加国際病院院長 福井 次矢

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胃がんとは、どんな病気でしょうか?

おもな症状と経過


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 がんが胃の粘膜、もしくは粘膜下層にとどまっているものを早期胃がんといいます。この段階では無症状ですが、X線検査や内視鏡検査などによって発見できれば根治が可能です。進行すると、みぞおちの痛み・不快感、腹部膨満感、吐き気・嘔吐、吐血、下血、貧血、全身倦怠感、食欲不振、体重減少などの症状がみられます。ただし、いずれも胃がん特有の症状ではありません。

 細胞や組織の特徴によって予後は大きく異なり、きわめて進行の速いスキルス胃がんと呼ばれるタイプのものがあります。これは、ふつうの胃がんのように粘膜に腫瘤(かたまり)をつくらず、硬い線維組織をつくりながら、胃壁全体に広がります。悪性で腹膜への転移をおこしやすいため、治療も難しくなります。

病気の原因や症状がおこってくるしくみ

 胃がんについては、いろいろな関連要因がわかってきています。どのような地域・国に多いのか、という疫学調査から、塩分の多い食事、熱い食べ物が関係しているのではないかと考えられています。喫煙や過剰な飲酒も誘因の一つと考えられています。

 また、胃炎をおこすと胃粘膜が腸上皮化生と呼ばれる粘膜に置き換わります。この粘膜ががん化しやすいとされています。胃潰瘍と関係が深い細菌のヘリコバクター・ピロリが、胃がんにも関係している可能性も強くなってきました。現在、精力的に研究が進められているところです。

病気の特徴

 胃がんは日本人に多いがんです。がんによる死亡を臓器別で比べると、男性では肺がんに次いで多く、女性ではもっとも多くなっています。発症は40歳から増加し始め、60歳代になると急増します。

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治療法とケアの科学的根拠を比べる

治療とケア 評価 評価のポイント
早期胃がんの場合 内視鏡的粘膜切除術を行う ★4 がん細胞の浸潤が粘膜内にとどまっている早期胃がんに対して、内視鏡的粘膜切除術の効果は信頼性の高い臨床研究によって確認されています。しかし、内視鏡で十分な切除ができない場合もあり、取り残しが生じた場合は開腹手術になります。 根拠(1)
縮小手術を行う ★4 がんのある部分と周囲のリンパ節をできるだけ小さく切除する手術で、その効果は信頼性の高い臨床研究によって確認されています。早期胃がんに対して行われることがあります。 根拠(2)
定型手術を行う(リンパ節郭清術) ★4 胃の3分の2以上の切除とリンパ節の郭清(リンパ節を摘出すること)を行う手術であり、その効果は信頼性の高い臨床研究によって確認されています。早期胃がんに対して行われることがあります。 根拠(2)
進行胃がんの場合 定型手術を行う ★5 定型手術の有効性は非常に信頼性の高い臨床研究によって確認されています。胃がんの存在する場所によって、全摘術、亜全摘術(胃の一部を残す)の適応が異なります。十二指腸に近い場所にある胃がんに対しては、全摘術、亜全摘術のどちらの手術を選択しても、合併症の発生率と入院中の死亡率に差はないと報告されています。食道に近い場所にある胃がんに対しては、全摘術がよく行われます。 根拠(3)(4)
拡大手術を行う ★4 胃だけでなく、周囲の臓器やリンパ節も広く切除する手術が拡大手術です。拡大手術の有効性は信頼性の高い臨床研究によって確認されています。この手術は、手術後の生存率と周術期(手術中や手術前後)の死亡率を改善するという報告があります。 根拠(5)
化学療法を行う ★5 手術後に化学療法を追加することによるメリットは認められないとの臨床研究があります。ただし、「胃がん治療ガイドライン」(日本胃癌学会)では手術が不可能な進行がんにおいて、化学療法を第一選択としています。 根拠(6)(7)
放射線療法を行う ★2 最近の治療に対する報告のなかでは、進行がんに対する放射線療法単独での有効性は確認されていないようです。ただし、化学療法と放射線療法の併用による補助療法は、再発率を下げ、生存期間を延長するという報告はあります。
化学療法と放射線療法を併用する ★5 完全に外科手術でがんを切除したあとに化学療法と放射線療法を併用すると、手術後になにも治療しない場合に比べて、3年生存率などが向上し、予後が改善されます。このことは非常に信頼性の高い臨床研究によって効果が確認されています。 根拠(8)
緩和ケアを行う ★4 胃がんによる痛み、出血、閉塞症状を緩和する目的で、胃切除を行うことがあります。効果はありますが、生存率に変化がおこるほどのものではありません。根治を望めないと判断されても、痛みや全身倦怠感をやわらげるといった緩和治療を行い、患者さんの苦痛を取り除くようにします。 根拠(9)
塩分を控える禁煙する胃炎を早期に治療する ★2 塩分やたばこは原因として強く疑われていますが、それらを控えれば予防できるという信頼性の高い臨床研究はありません。ただし、ヘリコバクター・ピロリ感染と胃がん発症の関係については、いくつかの臨床研究で報告されています。また、胃炎の一部はヘリコバクター・ピロリ感染による場合もあります。ヘリコバクター・ピロリ感染に対する治療を胃がん予防の観点から積極的にすべきかどうか、今後議論の対象になると思われます。 根拠(10)~(12)

よく使われる薬の科学的根拠を比べる

抗がん薬

主に使われる薬 評価 評価のポイント
5-FU(フルオロウラシル) ★5 フルオロウラシルは通常、放射線療法と併用して用いられます。放射線療法の効果を改善することが非常に信頼性の高い臨床研究によって示されています。 根拠(13)(14)
ユーエフティ(テガフール・ウラシル配合剤) ★2 臨床研究によると単独使用の場合、効果を示す強い根拠はなさそうです。 根拠(15)
フルツロン(ドキシフルリジン) ★2 臨床研究によると単独使用の場合、効果を示す強い根拠はなさそうです。 根拠(16)
ティーエスワン(テガフール、ギメラシル、オテラシル配合剤) ★2 症例報告はみられますが、まだ患者数が少なく、効果について結論を出せる状態ではないと思われます。 根拠(17)
5-FU(フルオロウラシル)+ランダ/ブリプラチン(シスプラチン) ★5 「胃がん治療ガイドライン」(日本胃癌学会)では、手術不能あるいは再発がんについては、化学療法を第一選択とし、フルオロウラシルとシスプラチンとの併用を第一選択としています。 根拠(7)

総合的に見て現在もっとも確かな治療法

がんの進行度などに応じて手術法が決まる

 がんを早期に発見して、手術によって切除することがもっとも確実な治療法です。がんが粘膜と粘膜下層にとどまっている早期胃がんでは、内視鏡的粘膜切除術を行います。

 進行がんでは、がんの発生場所とリンパ節転移の有無に応じて、切除する胃の範囲やリンパ節まで取り除くリンパ節郭清術を行うかどうかが決定されます。

 リンパ節郭清術については、欧米の研究者とわが国の研究者の間で意見が分かれていますが、手術手技の差(わが国の外科医のほうが明らかにすぐれていると考えられます)もあり、現在のところは結論が出ていません。したがって、外科医の臨床経験を頼りに、説明を十分聞いたうえで手術の方法を決定するとよいでしょう。

化学療法と放射線療法の併用も

 化学療法と放射線療法の併用による手術後の補助療法は、再発率を下げ、生存期間を延長するとの報告があります。体力的に可能であれば、行ってもよいでしょう。

 遠隔転移などで手術の適応がない場合、放射線療法と抗がん剤の5-FU(フルオロウラシル)の内服でわずかながら効果があったとの報告があります。

 また、多剤併用の化学療法では、まったく化学療法を行わなかった患者さんと比べ生存期間が長かったとの報告があります。

 ただ、副作用の強さと、生活の質(QOL)をどうバランスをとるかは医師との十分なコミュニケーションが必要でしょう。

 ただし、化学療法に延命効果があるかどうかはわかっていません。

症状をやわらげることを目的とした緩和治療もある

 万が一、がんを手術で摘出したり、放射線や薬で死滅させることが不可能と判断されたとしても、患者さんのさまざまな症状をやわらげるための治療が積極的に行われます。

 たとえば、痛みをやわらげるためのモルヒネ、全身倦怠感をやわらげるための副腎皮質ステロイド薬などです。患者さんの延命を目的とはしない、このような症状緩和を目的とした治療を緩和治療といいます。

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根拠(参考文献)

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出典:EBM 正しい治療がわかる本 2003年10月26日初版発行